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対談「心臓手術の最近の動向」



対談「心臓手術の最近の動向」

     (左)坂田 隆造 心臓血管外科長  (右)中村 孝志 病院長



中村

本日は心臓手術に関する最近の動向についてお話を伺いたいと思います。ひとくちに心臓手術と言ってもいろいろな手術があると思うのですが、どのような手術が多く行われているのか教えてください。

坂田

現在、全国で年間約5万数千件の心大血管手術が行われています。ここで言う心大血管手術とは心臓の手術と胸部大動脈瘤の手術で、ペースメーカーの植え込みや腹部大動脈瘤の手術は含まれていません。手術の対象となる疾患を大別すると、虚血性心疾患、弁膜症、胸部大動脈瘤、先天性心疾患に分類されます。虚血性心疾患に対する手術が約19,000件で最も多く、次いで弁膜症手術が約15,000件、胸部大動脈瘤と先天性心疾患がそれぞれ約10,000件となっています。



3大死亡原因の一つ、虚血性心疾患


中村病院長
中村

虚血性心疾患は日本での3大死亡原因に含まれていますが、最近の動向について説明してください。

坂田

心臓を栄養する冠状動脈という血管が動脈硬化のために狭くなったり詰まったりして、心臓の筋肉に充分な血液が供給されなくなることによって起こる病気を虚血性心疾患と呼んでいます。代表的なものは狭心症や心筋梗塞ですが、心筋梗塞を起こした後に発生する僧帽弁の逆流や心室瘤なども含まれます。
虚血性心疾患に対する冠動脈バイパス手術(CABG)は、高齢化や生活習慣の欧米化にともないこの20年間で手術数が約4倍に増えました。ところが、2004年に循環器内科で行うカテーテル治療に薬剤放出性ステント(Drug eluting stent 以下DES)が導入されて以来、ここ数年はCABGの数が徐々に減っています。
最近の傾向として、カテーテル治療のみでは対応困難な症例、たとえば弁膜症手術とCABG、大動脈瘤手術とCABGなどの合併手術を必要とする症例の割合が増えています。また、全身的疾患に対する内科的治療が進歩した結果、糖尿病、腎不全、脳血管障害など全身的合併症を持つ症例が増えています。軽症例はカテーテル治療に流れ、CABGに回るのは重症例が増加していると言えるでしょう。

中村

今後DESのような内科的治療がさらに進歩すると、CABGの件数はますます減るのでしょうか。

坂田

必ずしもそうとは言えません。DESの長期成績が明らかになるにつれて、DESにより適した症例、CABGにより適した症例のあることがわかってきました。大まかに言って、冠状動脈の複数の大きい枝に狭窄がある多枝病変に対してはCABGの方がDESよりも治療成績が良好であるというデータが出てきています。

中村

CABG以外の虚血性心疾患の手術にはどのようなものがありますか。

坂田

最近注目を集めているのは、心筋梗塞に対して内科的治療を行ったにも関わらず、最終的に心不全に陥った症例に対する外科治療です。このような手術には、心筋梗塞後に心臓が拡大して動きが悪くなる虚血性心筋症に対する左室形成術や、虚血性僧帽弁閉鎖不全に対する弁形成術などが含まれます。手術適応を慎重に選べば、内科的な治療に反応しない重症例の中にも非常に有効な場合があり、手術件数は年々増えています。ただ、これらの手術はまだ始まってからの歴史が浅いので、長期成績は今後見てゆく必要があります。

中村

重症例が増加したことに対して、どのような対応がなされていますか。

坂田

CABGのクォリティーを高めるために、遠隔期の開存率が優れた動脈グラフトが多用されるようになっています。また、単独のCABGであれば、人工心肺を使用しないオフ・ポンプCABGを行うことによって、手術による全身への悪影響を軽くすることができ、術後の回復が早くなることが期待できます。
さらに、重症例では全身的基礎疾患の治療、術後の透析、薬物治療、栄養管理、リハビリ、メンタルケアなどを綿密に行わなければ手術を乗り切ることが出来ません。このために他科の医師、看護師、臨床工学士、理学療法士、栄養士、薬剤師などと協力し、チーム医療を行ってゆくことが最も重要です。



弁膜症治療、最近の動向


中村

心臓弁膜症という病名は昔からよく聞きますが、昔と現在では何か違いはありますか。

坂田

心臓の中には4つの弁がありますが、弁の病気としては、弁が充分に開かなくなって血液が通過しにくくなる「狭窄症」と、弁がきちんと閉まらず逆流が生じる「閉鎖不全症」があります。弁膜症と言えば、昔はリウマチ熱が原因であるものが大半を占めていましたが、現在では非常に少なくなりました。代わって、高血圧、動脈硬化、弁の組織の変性などが原因の弁膜症が増加しています。手術件数としては毎年増加しています。
手術の対象となるのは大動脈弁、僧帽弁の疾患が圧倒的に多く、弁膜症手術の9割以上を占めています。

坂田心臓血管外科長
中村

弁膜症に対してはどのような手術が行われるのですか。

坂田

僧帽弁と大動脈弁で治療の考え方が異なります。最近では僧帽弁の疾患、特に閉鎖不全症に対しては、できる限り自分の弁を修復する弁形成術を行うことが推奨されるようになりました。人工弁置換術を行った場合よりも、弁形成術を行った方が遠隔期の生存率が高いというデータが示されているからです。ガイドラインにも、手術を必要とする慢性の高度僧帽弁閉鎖不全を有する患者は弁形成術の経験が豊富な施設へ紹介されるべきであると書かれています。現在、僧帽弁に対する単独手術では、約半数の症例で弁形成が行われています。
これに対して大動脈弁では弁形成術を行っても比較的短い期間で再手術が必要になることが多いので、例外的な症例をのぞいて人工弁置換手術が行われます。
人工弁は高齢者(70〜75歳以上)では生体弁、若年者では機械弁を用いるのが一般的ですが、生体弁の耐久性も昔と比べて良くなってきており、より低い年齢層でも生体弁が推奨される傾向にあります。

中村

機械弁と生体弁はどのように違うのですか。

坂田

機械弁はカーボンや金属から工業的に作った弁で、人工弁を植え込んだ後に血栓予防の薬(ワーファリン)をずっと服用しなければなりません。薬をきちんと服用していても、血栓によって弁の動きが悪くなることや血栓が流れていって脳梗塞をおこす危険があります。また、逆に薬が効きすぎると消化管出血や脳出血など、出血による合併症の危険が高くなります。
一方生体弁はウシやブタの組織を使った弁なので、血栓予防の薬は必要ありませんが、弁の劣化が進むため、15年間で約30%に再度の弁置換が必要となります。



大動脈瘤に対する新しい治療


ステントグラフト(画像クリックで拡大します)
中村

大動脈瘤に対しても最近カテーテル治療が行われるようになっていると聞きますが、手術と比較して長所・短所を教えてください。

坂田

ステントグラフトと言って、折りたたんだ人工血管をカテーテルを用いて大動脈内に留置する治療が胸部大動脈瘤に対しても行われるようになってきました(図参照)。外科手術に比べるとはるかに低侵襲であることがメリットですが、現時点では、大動脈弓部の分枝を巻き込んだ瘤に関しては安全性、確実性の面で外科手術の方が優れています。しかし今後デバイスの改良によって、さらに普及することが予想され、現在、施設基準や実施資格などの調整が行われています。



先天性心疾患を有する成人の増加


中村

先天性心疾患についてはいかがですか。

坂田

出生率が低下しているにもかかわらず、先天性心疾患の手術件数はこの20年間あまり変化していません。主な理由の一つは、診断と術前管理の進歩により、これまで手術することができなかった重症例や低体重出生児も手術できるようになってきたためです。現在では、先天性心疾患児のほとんどに対して、生まれて間もないうちに診断をつけることができ、その時点から計画的に内科的、外科的治療を行っています。先天性心疾患の患者さんの9割以上は成人期に達することができるようになっています。
その結果、幼少時に手術を受けた成人先天性心疾患の患者さんが増えています。現在日本では約50万人と推測されていますが、今後さらに増えることは確実です。これらの患者さんの中には、手術後何十年も経過してから不整脈や心不全などが進行してくる場合があり、成人先天性心疾患を専門とする診療体制を今後整えてゆく必要があります。



おわりに


中村

最後に、手術を受けられる患者さんに対してアドバイスをお願いします。

坂田

現在ではインターネットなどを通じて、患者さんが手術に関する情報を簡単に入手できるようになりました。その反面、情報に振り回される傾向があるようにも思えます。新しい治療法や手術法が、既存のものと比べて本当に優れているのかどうか、正しく判断するには長い年月が必要です。疑問に思われる点は質問して頂き、それにお答えすることによって、患者さんと外科医の信頼関係が築きあげられてゆくと思います。何でもお気軽に相談して頂きたいと思います。

中村

本日はどうもありがとうございました。





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