皮膚科の歴史について

本教室の発展と現況

 京都大学医学部皮膚科学教室は,1899年(明治32年),京都帝国大学医科大学の創設後まもなく「皮膚病学黴毒(ばいどく)学講座」として設置されました。 その後,平成9年に京都大学の大学院化に伴い「京都大学大学院医学研究科臨床器官病態学講座皮膚病態学分野」と改組され,1999年をもって記念すべき開講100周年を迎えました。

 明治・大正および戦前の昭和の50年間にかけて,初代の松浦有志太郎教授松本信一教授は,わが国の草創期皮膚科学の樹立と新たな学問的潮流の創出に尽力されました。

 第二次世界大戦終了後の昭和・平成の60年間は,山本俊平教授太藤重夫教授今村貞夫教授宮地良樹教授が主導的に牽引し,グローバルな視野からわが国の皮膚科学を 世界的な水準にまで高めることに大きく貢献されております。

 この間,600名を越える前途有為な皮膚科医が京都大学皮膚科学教室の伝統に育まれながら学び,切磋琢磨を繰り返しながら学窓を巣立ち世界各地に飛翔していきました。 現在,わが国の皮膚科学の臨床・教育・研究の各分野において,枢要な地位で活躍中の同門の諸先輩は枚挙にいとまがないと自負しております。

 2015年(平成27年)6月に椛島健治が第7代教授に就任し,教室主任・皮膚科長として,京都大学大学院医学研究科および京都大学医学部附属病院において, 皮膚科の診療・研究・教育を推進しております。


重要なことは、世界でどう評価されるか

 明治・大正及び戦前の昭和の50年間,教授を務めた初代松浦有志太郎教授と松本信一教授は,日本の草創期皮膚科学を樹立しただけでなく,早くも国際的な評価を受ける研究成果 を残した。

 松浦教授は,日本住血吸虫皮膚炎において虫体が皮膚に侵入することを立証し,正円形粃糠疹を初めて記載,皮膚外用薬ピチロールを創製した。また,松本教授は,スピロヘータ 性疾患,実験腫瘍,人皮膚癌と癌前駆症,経皮経粘膜免疫及び細菌感染免疫,対称性角化症など各種皮膚疾患の詳細な病態症候学を研究。同教授は,シャウディン-ホフマン賞を授賞し, 文化功労者として顕彰された。

 第二次世界大戦終了後の昭和・平成の60年間には,山本俊平教授,太藤重夫教授,今村貞夫教授,宮地良樹教授らが,やはり日本の皮膚科学を主導的に牽引するだけでなく, 皮膚科学研究の世界水準を高めることに大きく貢献すべく数々の業績を残した。太藤教授の時代からは,研究成果を国際的に認められる形に残すことの重要性を認識し, 国際誌に掲載されるような質の高い論文を発表し始めた。今村教授時代にはその量産体制へと突入し,世界に当教室の存在を知らしめた。そして,宮地教授は,臨床もまた, 学問的潮流を京都から世界へ創出するという心意気を引継いでいる。今でこそ,研究の評価を世界に求めることは珍しくないが,明治時代からそれを意識し続けてきたことには驚かされる。