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プレスリリース

「放射線過線量照射により晩発性脊髄炎が発症した事例について」の記者会見

「放射線過線量照射により晩発性脊髄炎が発症した事例について」の記者会見を行いました。
概要については以下の記者会見で配布した資料のとおりです。


平成21年 5月14日
京都大学医学部附属病院
記者会見配布資料

放射線過線量照射により晩発性脊髄炎が発症した事例について

2003年11月に京都大学医学部附属病院(以下「当院」)脳神経外科で脳腫瘍の手術を受けた男性患者さん(当時40歳代)に対し、同月から翌2004年1月にかけて、放射線治療科にて術後の放射線治療(全脳全脊髄照射)が行われました。その後患者さんは4年以上にわたって脳神経外科外来で経過を観察していましたが、2008年6月ごろから徐々に全身倦怠感、両下肢の痺れや排尿時の違和感を自覚するようになりました。同年9月再度脳神経外科に入院して精査した結果、4年前の全脊髄照射時に放射線の照射部位が一部重なったことにより第10胸椎レベルの脊髄に過線量照射が行われ、そのことに起因して晩発性の放射線脊髄炎が発症した可能性が高いことが明らかになりました。また、患者さんには通常5椎体ある腰椎が4椎体しかないという変異があり、脊髄の照射位置決定、確認の際に影響を与えた可能性が示唆されました。

当院は有害事象の発生報告を受け、複数の外部の専門家を含めた事例調査委員会(以下「委員会」)を招集し、当事象の発生に至った原因究明と治療過程の検証を委託しました。委員会は、発生した脊髄炎の原因は4年前の放射線過線量照射であったと結論しました。さらに過線量照射が発生した原因として、当時の治療チームの照射位置設定と確認業務が十分でなかったことを指摘しました。調査結果を受け、2009年5月12日、患者さんに報告するとともに、病院の過失を認め謝罪いたしました。以下、患者さんの同意を得、委員会調査結果の概要について報告します。





1 委員会の設置と目的

委員会は主に、当事例に行われた放射線治療の検証、放射線の過線量照射と発症した神経障害の因果関係の有無、過線量照射を回避できた可能性、再発防止のための方策等を調査することを目的として、2008年12月24日に中村孝志病院長の指示により設置が決定され、2009年2月13日に開催された。



2 調査委員

委員長    田中 良明※   日本大学総合科学研究所 教授
副委員長  一山 智      京都大学医学部附属病院 副病院長・医療安全管理部長
委員     長谷川正俊※  奈良県立医科大学放射線腫瘍医学講座 教授
                   奈良県立医科大学附属病院放射線治療・核医学科 部長
委員     根尾 昌志    京都大学医学部附属病院 整形外科長
委員     長尾 能雅    京都大学医学部附属病院 医療安全管理室長
委員     足立 由起    京都大学医学部附属病院 医療安全管理室専任師長
(※は外部委員)



3 当事例に施行された放射線治療の実際

脳腫瘍に対して、京大病院での治療プロトコールに従い、2003年11月から2004年1月にかけて総線量55Gyの放射線治療が施行された。治療計画は3名の放射線治療科医師によって、X線シミュレーション(まず透視画像に基づいて照射野を設定し、さらにそのX線写真を撮影して位置を確認する)で立案され、全脳全脊髄照射は、頭部+頸髄(フィールド1)、胸髄(フィールド2)、腰仙髄(フィールド3)の3つの照射野に分割する方法で施行された。フィールド1と2の接合部はC3/4、フィールド2と3の接合部はTh10/11間に設定されており、途中2回のギャップ移動(照射野のつなぎ目の治療効果を維持するため、途中で照射野を上下にわずかに移動させる行為。最初の接合部の上下1cmの位置で設定する。)が行われた。

しかし上記フィールド設定にあたり、フィールド2の設定における頸髄から胸髄の同 定は正確であったものの、フィールド3を設定する時に椎体レベルを一椎体分誤認して設定した可能性があり、その結果Th10の範囲でフィールド2と3の照射野が重なったと考えられた(図1:シミュレーション時に設定されたフィールド3の頭側辺縁はTh10/11のつもりが実際はTh9/10となっていた。治療当時はこのことに気付かなかった)。さらに、照射野の記録・位置確認のためX線シミュレーション写真が撮影されたが、この間違いは指摘されなかった。

ギャップ移動が行われていたことを考慮すると、あくまで理論上であるが、最大に 見積もった場合、下記の数値を上限とする線量が当該脊髄付近に照射された可能性があると考えられた。

A. Th10椎体中央レベル1cmの範囲 :91.5Gy相当
B. Th10レベル上下椎間から1cmの範囲 :72.5Gy相当
C. Th9レベルでTh9/10から1cmの範囲 :50.7Gy相当
D. Th11レベルでTh10/11から1cmの範囲 :50.7Gy相当

現在の症状は同部の過線量照射による晩発性の脊髄炎が発症したと考えて矛盾しない。



4 照射野のつなぎ目の確認について

2003年当時は本邦における放射線治療計画ガイドラインはまだ発刊されていなかったが、ガイドラインが普及した現在でもこの治療における具体的な確認方法は統一されているわけではなく、施設によって方法が異なるのが現状である。

当事例では照射野設定の際のフィールド2(胸髄)とフィールド3(腰仙髄)の位置確認を、透視画像およびX線シミュレーション写真における脊椎骨の位置を視認することにより行っていた。すなわちフィールド2と3のつなぎ目をTh10/11椎間の位置に設定し、実際フィールド2の下縁は正しくそのようになっていたが、フィールド3の上縁はTh10/11椎間の予定のはずが、実際にはTh9/10椎間となっていた。この誤認の発生には、通常は腰椎の数は5個であるのに当患者では4個であるという腰椎変異の存在が影響したものと思われた。つまり、当事例では一番下の腰椎をL5と捉えた場合、図1赤字のように腰椎の同定が実際と一椎ずつずれることになる。担当医らは腰椎変異に気付かず、X線透視下での椎骨番号の同定が不正確となり、つなぎ目の誤認が発生したものと考えられた。位置決め後のX線シミュレーション写真にて間違いが発見されなくてはならないが、複数の専門医がチェックしたにもかかわらず、結果的につなぎ目の誤認を発見できなかった。

フィールド設定と放射線過線量照射部位

<図1> フィールド設定と放射線過線量照射部位



5 放射線過線量照射と発症した神経障害の因果関係

Th10胸椎レベルで脊髄が過線量照射されたことは、放射線治療記録(照射録およびX線シミュレーション写真)から明らかであり、症状発症後のMRI像の異常所見も一致していた。MRI像の脊髄所見と過線量照射された部位の背部皮下組織の所見とを併せて考えると、病変は晩発性放射線脊髄炎と診断するのが妥当であり、他疾患の可能性は低い。中枢神経系の晩発性障害の発症と考えて矛盾はなく、臨床的にも両下肢のしびれ感、次いで下肢の脱力が出現しており、脊髄損傷によって知覚異常、運動麻痺、次いで膀胱障害という自律神経障害が生じたと考えられた。



6 放射線過線量照射を回避できた可能性について

2003年当時は、本邦における放射線治療計画ガイドラインはまだ発刊されていなかったが、ガイドラインが普及した現在でもこの治療における具体的な確認方法は統一されているわけではなく、施設によって方法が異なるのが現状である。

照射野の設定が基本的にX線シミュレーションに基づいていた当時、京大病院ではX線透視像をみながら、特に椎骨の解剖学的な位置を正確に視認することでつなぎ目を同定することを標準としていた。本事例では、接合位置を胸椎のTh10/11椎体間で設定する計画であったが、フィールド3の設定の際に、担当医が腰椎変異の影響を受け本来のTh10の椎体をTh11と誤認した可能性があり、その結果1椎体分の照射野が重なったと考えられた。現時点でフィールド3の位置決め写真をよくみると、L1と思われた椎体に第12肋骨らしい像が写っており、これに気付いておれば少なくとも椎骨同定の誤りを疑い、再度の確認作業に進むことができたと思われる。その他に、横隔膜や腸管ガス像などを見てそれらの位置をフィールド2の位置決め写真と見比べれば、正確ではないものの、照射野が重なっていることを疑うきっかけになった可能性はあった。

これらのX線透視下での多角的な検証が当時適切に行われていれば、Th10/11の位置を正しく設定できた可能性が、あるいは治療早期に誤認を発見できた可能性があり、結果的に過線量照射を回避することが可能であったと考えられた。さらにフィールド2と3を照射する際に治療寝台を長軸方向に移動させているが、この際のアイソセンターの移動距離と実際の二つの照射野の長軸方向の幅を検証すれば、つなぎ照射が正しく行われているかの確認ができたと思われた。



7 委員会の見解

当事例は、脳腫瘍に対する術後全脊髄照射(つなぎ照射)における照射野の設定時、椎骨の位置を誤認したことが原因となって上下二つの照射野が一部重なったことにより脊髄への過線量照射が行われ、それに起因した晩発性放射線脊髄炎をきたしたものである。

放射線脊髄炎は重度の障害をきたすことが知られている。したがって脊髄の放射線治療を行う医療者には、計画立案の際に細心の注意で照射野を決定し、多角的な確認措置をとりながら、耐容線量を超えないよう最大限の注意を払う義務が要求されているといえる。しかしながら、当時放射線治療領域においてはそのための確実な方法論が統一されていたとはいえず、各施設間にてばらつきがあるという現状であった。

京大病院の放射線治療科では、脊髄照射のための照射野を決定する際に椎骨の解剖学的な位置関係をX線透視下で視認しながら確認するという方法をとっていた。これは多くの施設で取り入れられている方法であるが、この場合、椎骨の確実な同定が極めて重要な意味を持つため、入念な読影と確認作業が必要となる。しかしながら、当事例で照射野の決定に携わった医療者らは、複数のスタッフで確認したにもかかわらず当患者の腰椎変異を見抜くことができず、椎骨の解剖学的な同定を誤った結果、照射野の重複を回避することができなかった。さらに記録用に撮影していたX線シミュレーション写真からも照射野の重複や腰椎変異の存在を疑うことができたが、十分な確認がされないまま治療が継続された。

文献によると腰椎の変異は日本人の3.5%に認め、侵襲的な脊椎・脊髄治療を専門に行う医療者であれば予測しておくべき事象であり、特に脊髄への過線量照射が導く結果の重大性を理解している医療者であれば、それゆえに慎重な注意を払い、多角的な確認方法をくり返しながら照射野を決定する必要があった。当手技の難易度が高いことを考慮したとしても、当有害事象は第一に回避しなくてはならないできごとであり、この点における放射線治療チームの確認業務は十分ではなかった。



8 再発防止のための改善策

2006年4月より診療計画システムを更新し、現在の京大病院では、CT画像に基づいた放射線治療計画を行っている。これにより同種の事故は理論上は起こり得ないと考えられるが、委員会提言に基づき、以下の事項について改善指導を行っている。






会見平成21年5月14日に行われた記者会見の様子

左から
一山 智   副病院長
平岡 眞寛 放射線治療科長




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