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プレスリリース

「心臓手術中に冠動脈の虚血をきたし、手術後に患者さんがお亡くなりになった事例について」の報告会見

「心臓手術中に冠動脈の虚血をきたし、手術後に患者さんがお亡くなりになった事例について」の報告会見を行いました。
概要については以下の報告会見で配布した資料のとおりです。


平成21年10月22日
京都大学医学部附属病院
報告会見配布資料

心臓手術中に冠動脈の虚血をきたし、手術後に患者さんがお亡くなりになった事例について

平成20年12月、京都大学医学部附属病院(以下「当院」)心臓血管外科において、三尖弁閉鎖症(右房と右室の間にある弁が完全に閉じている疾患)など、複数の先天性心臓疾患を有する小児患者さん(2歳)の手術を行いました。患者さんは手術の翌日に心機能が低下し、末梢循環不全・ショック状態に陥り、再手術の後、人工心肺を用いて集中治療を行いましたが、約2ヵ月後に多臓器不全でお亡くなりになりました。患者さんには手術前および手術中には診断されることのなかった左冠動脈(心筋を栄養する血管)の走行異常が存在していました。心機能の悪化は、その異常冠動脈が手術中に何らかの原因で血流不全をきたし、広範な心筋の障害を続発したことによると考えられました。

本事例は主治医団から当院の医療安全管理室に報告されました。当院は患者さんがお亡くなりになった時点で、医師法第21条に基づき、京都府警に異状死としての届け出を行いました。また、外部の専門家を含めた事例調査委員会(以下「委員会」)を招集し、当事象の発生に至った原因究明と治療行為の検証を進めてきました。

10月19日、委員会の最終報告書がまとめられ、「今回の事象は回避が困難な合併症と考えられ、行われた処置等は現在の医療水準を逸脱したものではなく、妥当であった」との見解が提出されました。これらの調査結果について、10月20日に、ご遺族に報告、説明を行ったところであります。

今回、ご遺族の同意を得、これまでの一連の経緯、および調査結果の概要について報告いたします。なお、事例調査報告書は京都府警にも提出しております。





1 委員会の設置と目的

委員会は手術前後の事実経緯を整理するとともに、手術前の評価、手術手技、手術後の対応、家人への説明のあり方等について調査することを目的とし、平成21年1月22日、中村孝志病院長の指示により設置が決定されました。当事例は専門性の高い心臓血管手術に関連して発生した事象であったため、日本心臓血管外科学会に調査委員の選定を依頼したところ、3名の外部の心臓血管外科指導医が選定され、調査委員として派遣されました。また、審議の公正を確保するため外部の司法専門家、および内部の循環器内科指導医を迎えて委員会を開催することとなりました。



2 調査委員

委員長    佐野 俊二※   岡山大学大学院 医歯学総合研究科 教授
副委員長  一山 智      京都大学医学部附属病院 副病院長・医療安全管理部長
委員     角 秀秋※    福岡市立こども病院・感染症センター 外科系診療総括担当主幹
委員     森田紀代造※  東京慈恵会医科大学 教授
委員     中島 俊則※   堺町法律事務所 弁護士
委員     木村  剛     京都大学医学部附属病院 循環器内科長
委員     長尾 能雅    京都大学医学部附属病院 医療安全管理室長
委員     足立 由起    京都大学医学部附属病院 医療安全管理室専任師長
(※は外部委員)

※ 委員会開催日
   平成21年4月11日(金),平成21年8月30日(日)



3 審議の経緯

(1)日本心臓血管外科事故調査委員会での検討:当事例では第1段階として日本心臓血管外科学会から当委員会に派遣された3名の外部専門調査委員により心臓血管外科専門医の観点から調査結果がまとめられ、その結果は日本心臓血管外科学会理事会に報告されました。(7月4日) 学会理事会で検討が加えられた後、それらは「日本心臓血管外科事故調査委員会報告書」としてまとめられ、当院に送付されました。(7月27日)

(2)委員会での審議:「日本心臓血管外科事故調査委員会報告書」の送付を受け、当委員会が報告書の内容を検討しました。(8月30日) 特に走行異常をきたした左冠動脈の術前確認・評価のあり方と、術中に心筋虚血所見を認めたときの対応などについて審議し、報告書にまとめました。(10月19日)



4 治療概要

(1)診断:三尖弁閉鎖、心室中隔欠損、心房中隔欠損

(2)今回行われた手術:フォンタン手術(Total Cavopulmonary Bypass:TCPCとも呼ばれる。上大静脈、下大静脈の両方と肺動脈をつなぐ手術)+右室縫縮術

(3)方針決定:平成20年10月、小児科と心臓血管外科の合同カンファレンスにて治療方針決定。右室の拡大が著明なので、右室切開から心室中隔欠損を閉鎖した後、右室を一部縫縮する方針となった。

(4)手術経過:平成20年12月手術実施。通常の体外循環、心停止下に右室前面を切開して心室中隔欠損を閉鎖。その後、切開部の両側の右室壁を切り取り、右室縫縮を行った。切開部は直接縫合閉鎖した。さらに人工血管を用いて下大静脈から肺動脈への血流路を作成した。体外循環からの離脱に際し、心電図モニター上ST低下が認められ、経食道心エコーにて左心室前壁の動きの低下が認められたが、明らかな原因が認められなかった。しばらく経過観察後、それ以上の悪化はみられず、脈拍数、血圧、静脈圧などの血行動態には問題なかったので手術を終了した。

(5)術後経過:ICU入室の約6時間後より次第に末梢循環不全が進行し、約13時間後には心原性ショック状態となった。ICUで再開胸し、補助循環装置の装着を行った。手術前に今回の手術に関連する大血管の異常を診断する目的で施行したDSA(Digital Subtraction Angiography:侵襲の少ない血管造影画像)の側面像において、左冠動脈が肺動脈前面を走行していることが疑われたので、補助循環装置を装着する際に右室前面を観察したが、冠動脈の確認はできなかった。大動脈基部を剥離し、右冠動脈の起始部を剥離すると、右冠動脈が起始してすぐに別の大きな枝が起始して右室心筋の中へ入っていることが判明した(図1)。この枝に沿って右室前面の心筋を剥離すると、これが左冠動脈であり、右室縫合部のすぐ近傍を走行していることが明らかとなった。心機能低下の原因は、右室縫合時に左冠動脈に部分的に糸がかかったかあるいは屈曲したために虚血を来したためと判断し、右室縫合部上端の縫合糸を切り、右室前面の心筋内を走行する左冠動脈を剥離して心筋内から浮き上がる状態にし、その後に右室縫合部の上端を再縫合した。同日夕方の採血結果からは、かなり大きな範囲で心筋梗塞を起こしていると考えられた。その後の心機能の改善は緩徐で、約2週間後も変化無く、重度の低心機能が認められた。12月末になり、心室壁運動はやや改善したが、肺の酸素化能低下のために補助循環の継続を余儀なくされた。全身に対する悪影響が強くなり、平成21年2月4日多臓器不全のため死亡した。



5 審議概要

(1)冠動脈の起始・走行異常と、術前の確認について:小児心臓血管外科の領域では、冠動脈の起始異常の併発が多いとされる疾患であっても術前検査は非侵襲的なものに留め、症例に応じて比較的侵襲が軽い通常の心血管造影検査のみを行い、侵襲が大きい冠動脈造影検査はあえて行わない方針が広まりつつある。これは重度の心機能障害を抱える患児に対し侵襲的検査(冠動脈造影検査)による術前の負荷をできるだけ少なくしたほうが良いという考え方と、仮に冠動脈の起始・走行異常があっても通常冠動脈は心臓の表面から観察できるため、開胸すればその異常を比較的容易に発見することができ、肉眼で確認しながら手術を実施すればよいという考え方による。一方、当事例に認めた三尖弁閉鎖症においては、冠動脈起始異常合併はほとんど報告されておらず、教科書にもその記載はない(参考文献1,2,3,4,5)。そもそも冠動脈異常の頻度が低いとされる疾患で、なおかつ右室が異常拡張するほどまで心機能が悪化している患者であれば、手術前の造影検査等による診断行為はリスクの方が勝り、必要性が乏しい。すなわち、当事例において手術前に冠動脈の起始・走行異常を確定診断するための検査の優先順位は低く、手術中に肉眼的に確認をするという計画は妥当と考えられる。

(2)今回の手術と右室縫縮手技について:通常冠動脈は心外膜を走行するため、仮に走行に異常があったとしても開胸して心臓を露出すれば直視下に確認することができる。しかし当患児では左冠動脈が筋肉内を潜って走行するという奇形を伴っており、しかもそれが部分的な潜伏ではなく起始部から完全に潜伏するという稀な形態異常を呈していた(図1)。したがって執刀医らは、開胸した時点で冠動脈の走行異常を肉眼的に発見することができず、左冠動脈は正常どおり肺動脈後面を走行しているものと推測した。さらに当症例は合併した心室中隔欠損の影響から、右室が異常に拡張するという病態(右室拡張)を併発していたため、通常の手術に加え、右室壁の一部切除と縫縮術を必要とした。この右室を縫い合わせる操作の際に、縫着部付近を潜伏して走行していた左冠動脈が何らかの形で巻き込まれ、血流が阻害されたものと考えられた。通常のフォンタン手術に、右室処置が必要となるケースは特殊である。すなわち、三尖弁閉鎖症において稀とされる左冠動脈の起始異常が存在したこと、さらにそれが心臓の表面ではなく筋肉内を潜伏して走行するという異常が存在したこと、さらに右室壁の切除・縫縮を要するような特殊な病態が存在したこと、この三種の異常の重複が当手術中における冠動脈の虚血発生のリスクを高めた要因となった。

(3)術中ST低下発生時の対応について:当患児の手術中に心電図上ST低下所見を認め、麻酔科医から経食道心エコーにて心臓前壁の動きが悪い点を指摘された時間帯があった。振り返って考えれば、これらの所見はこの時点で冠動脈屈曲が発生していたことを推認するに値する所見といえる。しかし、この時点で主治医団は冠動脈の走行異状を肉眼的に認識していないこと、さらに心筋保護法によって心停止を行ういわゆる開心術において手術中や手術直後のST低下は必ずしも冠動脈虚血のみを意味するものではないこと、また三尖弁閉鎖症における右室機能は正常ではないため心臓前壁の動きが悪いこと自体が冠動脈虚血を積極的に疑わせる所見ではないことその後のバイタル所見・心機能所見に悪化がなかったことなどから、執刀医団はこのとき見られたST低下所見を冠動脈虚血によるものと確定診断せず、経過観察を行ないながら手術を終了した。これらの対応、判断はその当時の判断として妥当と考えられた。

(4)術前のDSA画像における冠動脈走行異常について:後日、術前のDSA(侵襲の少ない血管造影画像)の側面画像にて冠動脈の走行異常を疑わせる所見が確認されている。小児科医も含め、執刀チームがもし手術前にこれに気づいておれば、術前に冠動脈造影検査を行うなり、手術時に異常走行を予測しながらより慎重な切開・縫縮操作を行うなどして冠動脈虚血の発生を回避することができたのかもしれない。しかしそもそも今回のDSA検査は、冠動脈の走行異常を確認する目的で行われたものではない。(1)で述べたように、当事例(三尖弁閉鎖症)においてはDSA検査を行った段階で冠動脈走行異常を確認しておくことの優先順位は低く、またDSA画像所見も一見して診断できる程の明瞭な所見ではなかったことから、DSA検査の時点で冠動脈の走行異常を発見することは困難であったと考えられた。

(5)患者説明:当疾患は三尖弁閉鎖に異常な右室拡張を呈しており、通常のフォンタン手術に加え、右室壁の切除・縫縮など複数の処置を必要とする特殊な病態下にあった。このような状況に陥っているということは、患児に何らかの予期せぬ病態や形態異常が合併しているかもしれず、この手術自体が通常よりもハイリスクとなる可能性があることを示唆するものである。したがって主治医団は、冠動脈起始異常の有無にかかわらず、異常な右室拡張とその縫縮術を必要とする時点で、手術前に患者の家族に対し今回の手術には不確定要素が存在していること、手術がよりハイリスクとなりうることを説明しておくことが望ましかった。



6 委員会の見解

当事例は、三尖弁閉鎖症・心室中隔欠損・心房中隔欠損・右室の異常拡張など、複数の心疾患を有した患児に対しフォンタン手術および右室縫縮術が実施されたが、その際に、右室前面から左室にかけての広範な心筋のダメージが発生し、結果的に重度の心機能低下をもたらし、補助循環装置装着のまま多臓器不全に陥り、死亡に至ったものである。心筋ダメージの原因として、当事例には術前および術中には診断されなかった左冠動脈の起始・走行異常が合併しており、それが右室縫縮時に狭窄、あるいは変形をきたし血流不全に陥ったことが最も強く考えられた。

一般的に三尖弁閉鎖症において冠動脈の起始・走行異常の合併は稀である(報告例が見当たらない)。したがって小児心臓血管外科領域では、三尖弁閉鎖症の場合手術前に冠動脈走行異常を診断する目的での選択的冠動脈造影検査はほとんど行われていない。カテーテルによる検査は全身に強い負荷をかけるため、重症例に対してはできるだけ避けたほうがよいとの見解もある。また、仮に冠動脈の走行異常が存在したとしても、その大半は開胸して心臓を露出すれば肉眼的に発見されるため、あえて術前に確定診断しなくても、直視下で確認しながら慎重に手術を進めればその損傷を防ぐことができると考えられている。したがって、主治医団が術前に冠動脈造影検査を行っていなかったこと、あるいは冠動脈異常を完全に診断しない状態で手術に臨んだこと自体に問題はない。

しかし当症例では、異常な左冠動脈が心臓の表面ではなく右室の心筋内を潜伏して走行していたた め、執刀医らは開胸した時にこの異常を肉眼的に発見することができず、両冠動脈は正常に走行していると判断した。通常のフォンタン手術であれば冠動脈が心筋内を走行することの影響はほとんどないのだが、当症例は右室拡張という特殊な病態を呈しており、右室壁の切除・縫縮術の追加が避けられない状況にあった。冠動脈の走行異常が目に見えておれば、それを慎重に確認しながら右室の切除・縫合処置を行うのであるが、心表面の視野は正常であったため、執刀医らは冠動脈の異常走行を予見できないまま右室の処置を行った。その過程(おそらく右室の縫縮時)において、冠動脈が何らかの形で巻き込まれ、血管の狭窄あるいは変形が発生したものと考えられた。三尖弁閉鎖症において冠動脈起始異常と、起始直後からの筋肉内走行が重なることは極めて稀であり、専門家であっても予見が困難である。さらに当症例では異常な右室拡張を伴い、右室の切除・縫縮操作が不可避であったことから、結果的に切除部付近を走行していた冠動脈の巻き込み・狭窄・変形を誘発する結果につながった。これらの特殊な病態が三重に合併したことが、当手術中における冠動脈の虚血発生のリスクを高めた要因であり、当事象は回避が困難な合併症であったと考えられた。

その他、術前に立てられた治療計画、術中のその他の操作、術後に行われた処置等は現在の医療水準を逸脱したものではなく、妥当であった。




以上が当事例におけるこれまでの一連の経緯、および調査結果の概要です。




参考文献

  1. 臨床発達心臓病学、中外医学社、高尾篤良ほか
  2. Moss and Adams’ Heart disease in infants, children, and adolescents, Edited by Hugh D. Allen MD, David J. Driscoll MD, Robert E. Shaddy MD, and Timothy F. Feltes MD, Wolters Kluwer.
  3. Pediatric Cardiac Surgery, Edited by Mavroudis, Constantine MD, Backer, Carl L. MD Mosby Inc
  4. Scalia D et al. The surgical anatomy of hearts with no direct communication between the right atrium and the ventricular mass--so-called tricuspid atresia. J Thorac Cardiovasc Surg. 743-755, 1984.
  5. Sharbaugh AH et al. Single coronary artery. Analysis of the anatomic variation, clinical importance, and report of five cases. JAMA. 243-246, 1974.






会見平成21年10月22日に行われた報告会見の様子

左から
一山 智   副病院長
坂田 隆造 心臓血管外科長




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