細胞治療・再生治療開発に関するレギュレーションと細胞プロセッシング

笠井泰成、前川 平 : 細胞治療・再生治療開発に関するレギュレーションと細胞プロセシング.
「再生医療へのブレイクスルー-その革新技術と今後の方向性」、
遺伝子医学MOOK 1号(田畑泰彦 編集)、メディカル ドゥ社、大阪、pp.245-250, 2004.  より引用



要 旨

 細胞治療とは、ヒト細胞を輸注、移植することにより行う治療法の総称である。細胞治療には、細胞プロセッシングが必要となるが、これらの工程には医薬品の製造と同じように安全性と高い品質管理が必要である。我が国では、この細胞プロセッシングに関する規則の整備が遅れており、細胞治療を含む先端医療の開発を進めるために早急な対応が求められているが、その現状を紹介する。また、細胞プロセッシングを行うための施設(細胞プロセッシングセンター(CPC)が具備すべき機能やその設計基準、および無菌的プロセッシング技術や管理の必要事項などについて述べる。



キーワード

細胞治療 (Cell Therapy)
細胞プロセッシング (Cell Processing)
探索的臨床研究 (Translational Research)
GMP (Good Manufacturing Practice)
GTP (Good Tissue Practice)、
バリデーション (Validation)



はじめに

 近年、ヒトの身体を構成している細胞や組織を利用して医療に用いる、すなわち細胞治療や再生医療などの研究が盛んに進められている。細胞治療とはヒトの細胞を輸注、移植することによって行う治療法の総称であり、従来から行われている輸血治療を原型とし、造血器幹細胞移植、細胞移入免疫療法、遺伝子治療、再生医療などがこれに含まれる。

 細胞治療には、細胞プロセッシング( Cell Processing )という細胞の調整、培養、加工などの工程が必要となる。細胞プロセッシングを受けたヒトの組織や細胞を「細胞医薬品」として治療に応用するためには、これらの作業行程に医薬品や原薬の製造と同等の安全性と高い品質管理が求められていることは容易に理解できる。欧米では、細胞自体を治療に応用しようとする探索的臨床試験(トランスレーショナル・リサーチ)にGMP準拠の細胞プロセッシングが必須とされている。細胞治療や再生治療に関する基礎研究の成果を新しい治療法として臨床応用するための臨床研究にはGMPに準拠したCPCの存在が不可欠である(図1)。

図1 GMPに準拠したCPC



GMPと細胞治療

 GMPとは医薬品の製造管理および品質管理に関する国際基準である。GMPが世界で初めて施行されたのは1964年で、それまでにスエーデンや米国などで発生していた医薬品の微生物汚染による事故防止のために医薬品の安全性と品質を確認する規定の検討が1962年から始められていた。わが国では、昭和55年に法制化され、平成9年には「『生物学的製剤等の製造管理及び品質管理基準』及び『生物学的製剤等の製造所の構造設備規準』(生物学的製剤等GMP)について」として薬発第506号が出されている。また、平成11年には「医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理規則」として厚生省令第16号等も出されている。 注1)

 GMPは、医薬品の製造を行う際に原料の受け入れから最終製品の出荷に至る全行程について、高い品質を保証するため、一般の品質管理に加え管理組織、製造管理、品質管理、および製造設備の面で種々の方策を定めており、次の3つの基本的な要件を満たさなければならない。第一に「人為的な誤りを最小限とする」こと、第二に「医薬品に対する汚染および品質変化を防止する」こと、第三に「高い品質を保証するシステムを設計する」ことである。設備や技術の両面からの工夫や改善により、これらの3つの要件を遵守することで、医薬品の製造と品質管理のレベルが向上していくと期待できる。

 GMPの規制を受ける細胞操作とは、一体どの様なものであろうか。米国FDA( Food and Drug Administration )は、細胞操作が最低限度(minimally manipulated)である場合には特に規制の対象とならないが、それを上まわる有意な操作が行われる場合(more than minimally manipulated)には規制の対象となり、FDAの承認が必要であるとしている。”minimally manipulated”の定義は、「操作がその組織の本来の性質(=再生や修復の機能をつかさどる能力に関する性能)を損なわない場合」とされている(Ref.1)。また、”more than minimally manipulated”は、細胞を培養したり、骨髄細胞から血管内皮細胞を分離・培養したり、またサイトカインなどをもちいてある細胞分画を増幅させたり、樹状細胞や抗原特異的細胞障害性T細胞の培養、遺伝子導入、膵臓ランゲルハンス島細胞を分離して門脈経由で肝臓に移植したりする場合などがこの範疇に含まれる。当然、将来的にはES細胞をもちいた再生治療も含まれよう。

 医薬品に限らず、2003年7月から施行されている改正薬事法で定められた「特定生物由来製品」や「生物学的製剤等」についても、医薬品と同様の安全性と信頼性が求められるのは当然であろう。輸血製剤はもとより、細胞プロセッシングを受ける細胞や組織も、GMPに準拠した製造管理と品質管理が求められるべきである。しかしながら、我が国における規制や関連指針の整備はいまだ不十分である。


細胞治療に必要なインフラストラクチャー

 細胞治療に関する探索的臨床試験研究の開発には、科学的、倫理的に高い水準と信頼性が要求される。こういった細胞治療を行うには、先ず細胞プロセッシングに適した施設や細胞治療を行うためにGMP基準などのインフラストラクチャーの整備が必要となる。その上でGMPに準拠した細胞プロセッシングセンター(cell processing center :CPC)の構築を進めていく。

 米国では治療用ヒト細胞の作製は、2001年1月にFDAが提言したcGTP( Good Tissue Practice : Current Good Tissue Practice for Manufacturers of Human Cellular and Tissue - Based Products; Inspection and Enforcement; Proposed Rule )に準拠して行わねばならないとしている。cGTPは主に細胞治療による感染症の伝播を危惧したものであり、その防止策に関するルールや規制を記載したものである。わが国におけるヒト細胞・組織医薬品GMPは「細胞・組織医薬品等の取り扱いおよび使用に関する基本的考え方(薬務公報第1867号別添1、平成13年2月21日)」および「ヒト由来細胞・組織加工医薬品等の品質および安全性の確保に関する指針(同別添2)」として示されている(Ref.2)。さらに、上述した改正薬事法で生物由来製品の特性に応じた付加的な基準が設けられ、これらに関連した下位の法令は平成17年4月に公布予定とされている。

 また、今後わが国の大学や先端医療センターなどで行われる細胞治療や遺伝子治療をはじめとする探索的臨床試験研究(トランスレーショナル・リサーチ)では、製薬企業などにおける医薬品製造のためのGMP ( Full GMP ) とは異なる規制、すなわち大学などの人的余裕などを考慮したInstitutional GMP (Academic GMP) の構築が必要と思われる。Full GMPとInstitutional GMP (Academic GMP)の差異を端的に述べるなら、前者ではルール違反があれば製造中止命令が出され罰則をともなうが、後者の場合は改善するように勧告を行い、大学側はこれを受け入れてより良いシステムづくりを行えるよう指導して行こうというのが米国FDAの基本的考え方である。米国では先端医療(技術)開発が国家の命運を握ると考えており、基礎研究の成果を積極的に社会へ還元するべきであるというスタンス(国家戦略)をとっている。残念ながら、わが国ではこのようなスタンスをとりたくても、そのためのインフラストラクチャーはまったく未整備と言わざるを得ない。しかし、日本政府が手をこまねいている間にも欧米では先端医療開発が爆発的なスピードで展開されている。行政側の準備体制が整うのを待っている時間的余裕はない。臨床研究医や研究者自らが一致協力してInstitutional GMP を構築し自主規制を行いつつ、トランスレーショナル・リサーチを実施してゆくべきである(Ref.3)。


CPCに求められるもの

 米国のCenter for Biologics Evaluation and Research (CBER)からはGuidance for Industry Sterile Drug Products Produced by Aseptic Processing ? Current Good Manufacturing Practiceが発表されており、この中で無菌的プロセッシング施設が具備すべき機能や設備について必要事項が示されている。この中で要求されている事案も含め、GMPに準拠したCPCに必要な構造とその運用管理について概略を述べる。

1. CPCの設計
 作業目的に応じた適切な広さと設備を整えたクリーンルームの配置には、交差汚染や混合防止のための人や物の動線に配慮し設計を行う。特に無菌操作は、明確に区別されたエリア内で行う必要がある。人の移動は逆戻りしない一方向の動線が基本となるが、充分な交差汚染防止の対策が取られていれば利便性を考えた動線計画を考えても良い。また、物品の移動にはパスボックスの設置が有効だが、室圧が陰圧に設定されているエリアでは逆に清浄度低下の原因ともなる。  作業区域の天井、壁および床の表面は、なめらかでひび割れや隙間がなく、塵や埃が貯まりにくい構造として、かつ、塵埃を発生しないものとする。また、床と壁の境界は曲面として塵や埃を清拭しやすくする。  無菌区域には流しや排水口を設置しない。CPC内で使用する水は滅菌処理したものだけに制限し、使用後は残さず外へ持ち出す。これはカビの発生を抑え、排水口からの外気の逆流を防ぐためである。

2.空調管理
 各作業区域の、室圧、温度、湿度をコントロールし、無菌状態を維持するためのシステムが必要となる。特に作業区域へ供給される空気の清浄化は交差汚染防止の重要な要素の一つである。作業区域へは、中性能フィルターやHEPAフィルターにより処理された清浄な空気を供給する。清浄度は、1立方フィート内に含まれる微粒子の数(P/ft3)で示され、例えば直径0.5μm以上の粒子数が10万個以下ならクラス100,000の清浄度となる。

 各作業区域の清浄度の設定は、原料や製品が空気に暴露される度合いによって規定される。組織や細胞が作業エリア内の空気に直接暴露されるような作業は、クラス100レベルのキャビネット内で作業を行う。キャビネット内をクラス100レベルに保つためにはキャビネットが置かれているエリアをクラス10,000レベルで維持しなければならない。

 清浄度は作業を行っていない非作業時だけでなく、実際に作業を行っている時にでも許容限界値を超えないようにレベルを維持しなければならない(表1)。そのために、適切な換気回数が作業区域毎に応じて設定されるべきである。クラス100,000レベルの作業区域であれば1時間当たりに最低20回の換気回数が行える気流が一般的な許容レベルとされている。また、空調の吸気系と排気系を完全に独立させることも交差汚染防止に繋がる。



空気の清浄度レベル 最大許容微粒子数/立方メートル
USP<1116>
P/立方フィート
ISO
クラス
EU-GMP
グレード
非作業時
0.5μm以上
作業時
0.5μm以上
100 5 A 3,530 3,530
10,000 7 B 3,530 353,000
100,000 8 C 353,000 3,530,000

表1 無菌医薬品製造のための空気清浄度


3.運営管理
 1) バリデーション  各作業工程だけでなくCPC内に設置されている装置についても定期的にバリデーションを実施する。天秤などの測定装置は定期的に校正を行い、遠心機やパーティクル・カウンターなども定期的にその特性などを再確認する必要がある。バリデーションは多くの場合、外部の業者やメーカーに依頼することになる。校正結果や試験結果記録は保存管理する。

 2) 教育訓練  CPC内で作業を行う者は各基準書や標準作業手順書の内容を十分に理解し、人為的過誤を防止するために教育訓練を受けなければならない。

 3) 入退室管理  クリーンエリアへの入退室はセキュリティシステム等により管理し許可を受けた者だけを入室させる。清浄度を維持するためには、各作業エリアへの入室人数も制限する。

 4) 各種作業記録および運転記録  CPC内で実施された各作業記録、設備の使用履歴管理、清掃実施記録や環境モニタリング記録などを保管管理する。また冷蔵庫、冷凍庫、CO2インキュベーターなどの庫内環境や各作業エリアの空気清浄度等を随時モニターし記録する。

 5) 原料・資材等の保管管理  検収(入荷)、入庫、出庫、出荷の手続きが行われる間、変質・汚染の防止等について管理を行い、ロット管理や有効期限についても厳密に管理を行うことにより不適切な原料・資材の使用を避ける。

 6) サニテーションと環境モニタリング  各作業後には作業区域内の床や使用したキャビネットおよび装置の表面を清掃することは交差汚染防止のための必須事項である。さらに作業の有無に関わらず清浄区域の定期的な清掃も必要となってくる。清掃には主に70%エタノールによる清拭を行うが、必要な場合には界面活性剤や、次亜塩素酸Naなども用いられる。クリーンエリアでの作業実施後や定期的なサニテーションを行った後には、空中浮遊菌検査や表面付着菌検査などにより環境モニタリングを実施してサニテーション後の評価を行う(表2)。

 7) 是正処置  作業工程上で生じた不具合や細胞プロセッシングを行い出荷した後に生じた問題点やユーザからの苦情などについては作業工程記録や品質管理記録を見直して原因を究明し、必要な場合には各基準書やSOPの見直しを行う。



EU-GMP
グレード
空中微生物数
(CFU/立方メートル
最小空中採取量
(立方メートル)
表面付着微生物数
(CFU/24〜30平方センチ)
機器・設備 手袋
A <1 0.5 <1 <1
B 10 0.5 5 5
C 100 0.2 25

表2 環境微生物の評価基準


おわりに

 今後、わが国における細胞治療や再生医療などの開発を行う上でGMP準拠細胞プロセッシングが必須であることを述べてきたが、細胞プロセッシングを行う環境の整備を進めると共に忘れてならないのは、CPCを管理運営するための人材を教育訓練し育てていくことである。基礎研究を行うための研究者は多くの教育・研究機関や企業などから育成されてくるが、研究の成果を臨床へと引き継ぐための掛け橋(トランスレーション)が充分に整備されているとは言えないのが日本の現状であり、GMPに準拠したCPCの設立と共に管理運営を行うためのマンパワーも必要となってくる。CPCの管理運営は研究者が片手間に出来るものではなく、またSOPが作成されルーチン化した作業は研究者の手から離れていく。規則の整備と共に管理運営のための人員の育成も必要不可欠な課題の一つである。紙面の都合で、細胞培養にもちいるウシ血清使用の問題など細胞プロセッシング技術自体やICH-GCP(Good Clinical Practice)の指針4) などについては述べられなかったが、先端的細胞治療・再生治療開発に向けて、解決すべき問題は山積している。


謝 辞

 本研究の一部は、21世紀COEプログラム「融合的移植再生治療を目指す国際拠点形成」の支援を受けた。










   
文献リスト
 1)   前川 平:医学のあゆみ Vol.205 No.5,361-366,2003.
 2)  前川 平:臨床病理レビュー 特集第122号,81-91,2002.
 3)  前川 平:先端医療開発に必要なGMP準拠細胞プロセッシング −Institutional GMP構築の必要性−.臨床血液、45: 32-38, 2004.
 4)  2003年8月1日第2回TR懇話会合意に基づく「トランスレーショナルリサーチ実施にあたっての共通倫理審査指針」(東京大学医科学研究所附属病院 先端医療研究センター、名古屋大学医学部附属病院 遺伝子・再生医療センター、京都大学医学部附属病院 探索医療センター、大阪大学医学部附属病院 未来医療センター、九州大学病院 臨床研究センター、(財)先端医療振興財団 先端医療センター・臨床研究情報センター)



参考図書
 医薬品GMP解説1999年版、厚生省医薬安全局監視指導課監修、薬事日報社、2001年
 医薬品GMP事例集1999年版、厚生省医薬安全局監視指導課監修、薬事日報社、2001年
 医薬品GMP事例集及び関連法令通知2003年版、薬事日報社、2003年
 
 
注 意
 1) 「医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理規則(厚生省令第16号)」は、「医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令(平成16年12月24日 厚生労働省令第179号)」に改正されています。