ノッチ情報伝達系阻害剤による有毛細胞再生
2008/3/9 堀 龍介
・はじめに
突発性難聴・老人性難聴などの感音難聴の障害部位は蝸牛有毛細胞であることが多いです。有毛細胞は障害を受けると回復することが難しく、また人では有毛細胞数が減ってしまうとその数を増やすことは極めて困難です。現在私が所属している内耳研究班では、色々な手法で有毛細胞やその他の聞こえに関する細胞の再生を研究しており(もちろん再生以外の研究もしています)、最終的には感音難聴の治療開発を目指しています。これは多くの難聴患者にとっての大きな願いでもあるはずです。有毛細胞再生の方法において様々な方法が考えられていますが、多くはある種のウイルスを用いたり、細胞を移植したりという方法です。私は特に薬剤を耳に投与するだけで有毛細胞を再生させる、という単純ではあるが難しくもある研究に取り組んでおります。薬剤としてノッチ情報伝達系を抑制する薬をもちいています。その研究内容を紹介します。
・ノッチ情報伝達系とは
ある細胞Aの細胞膜上に発現しているタンパクαが、隣の細胞Bの細胞膜上に発現している対応した受容体に結合すると、結合したという情報・刺激が細胞内に伝わります。その情報がさらに細胞内の核に伝わっていき、細胞内の遺伝子が活性化して、最終的には細胞Bがタンパクβを産生したり、細胞Bがさまざまな情報伝達物質を放出したり、ほかの細胞に生理作用を与えたりします。このような情報伝達現象は体内で常に行われており、そして無数の情報伝達経路があります。

そのうちでノッチと名付けられた、ノッチ情報伝達系というのがあります。ノッチ情報伝達系は発生中体の多くの部分で働いており、内耳でも有毛細胞の発生・分化・成熟において重要な役割を持っています。発生段階のある時期でノッチ情報伝達系を阻害すると有毛細胞が増えると報告されております。しかしその報告は発生中の動物であり、かつ内耳を取り出し体外で培養した場合の話です。また出生後の成熟した内耳ではノッチ情報伝達系はもう働かなくなっており、したがって成熟内耳でのノッチ情報伝達系阻害による有毛細胞再生は、何らかの方法でノッチ情報伝達系を再活性化させてから阻害しないといけません。
・成熟動物の耳でのノッチ情報伝達系阻害剤による有毛細胞再生
実際の治療を念頭に置くと、発生中ではなく成熟した耳において、かつ体外に取り出すのではなく体内で消失した有毛細胞を再生させる必要があります。そこで私は有毛細胞に障害を与えて有毛細胞数が減少した動物の内耳に、ノッチ情報伝達系阻害剤の一つであるMDL28170という薬を直接注入しました。有毛細胞障害をあたえる方法は耳毒性のあるアミノグリコシド系薬剤の全身投与です。またこうして有毛細胞障害を与えると、障害後早期(1~数日)の段階で、働かなくなっていたノッチ情報伝達系が再活性化する可能性があることも近年わかってきております。有毛細胞障害を与えた翌日より7日間連続でMDL28170を投与したところ、数は少ないのですが有毛細胞の再生が確認されました。この結果は成熟動物を使った生体内実験で、薬剤のみを用いて有毛細胞を再生させた初めての成果です。今後再生する有毛細胞数を増やしていくための一層の工夫をしていきたいと思います。
左図はアミノグリコシド系薬剤の全身投与による外有毛細胞の消失の写真。右図はアミノグリコシド系薬剤の全身投与後MDL28170を内耳投与した写真。矢印に新たに再生した有毛細胞を認める。OHC:外有毛細胞、IHC:内有毛細胞。
最終更新: 2012年1月31日 23:05

