網膜神経保護プロジェクト

 

網膜神経保護プロジェクト

この度、京都大学医学部付属病院 臨床研究総合センター(旧探索医療センター)の流動プロジェクトとして、"網膜神経保護プロジェクト"が、平成26年8月1日から始動いたしました。現在治療法のない、難治眼疾患に対し、新たな神経保護治療法を開発することを目標に、今まで京都大学眼科教室で行ってきた研究を発展させていきます。具体的には、神経細胞保護効果を持つことが明らかになったKUS剤の、眼疾患への臨床応用を目指し、急性の眼難治疾患である網膜中心動脈閉塞症・虚血性視神経症に対して、医師主導治験による第一相試験を実施予定です。

網膜神経保護プロジェクト スタッフ
教授 辻川 明孝
准教授 池田 華子
助教 畑 匡侑



背景

現在、日本において、中途失明原因の1位は緑内障、2位は糖尿病網膜症、3位が網膜色素変性、そして4位が加齢黄斑変性となっており(厚生労働省 2008)、164万人が視覚障害に苦しんでいると推定されています。五感のうち視覚から得る情報は 70-80% に上るとされ、これら視覚障害者の直接・間接社会損実額は8兆8000億円に上るとの計算もあります。高齢化の進行に伴い、視覚障害者は2030年には200万人に達すると推定されています(日本眼科医会2009)。


 緑内障は、網膜の神経節細胞が変性脱落することにより視野欠損をきたす疾患であり、日本人では40歳以上の5%が罹患していることが明らかになっています(Ophthalmology, 111:1641, 2004)。現状では眼圧を下げることのみが有効な治療とされていますが、十分に眼圧を下げてもなお視野障害が進行する例も少なくありません。したがって、眼圧降下以外に、神経節細胞の脱落・神経線維の委縮脱落を予防するような新しい観点からの治療法・治療薬の開発が切望されています。

 網膜色素変性は、視細胞が変性脱落することにより、夜盲、視覚狭窄、視力低下をきたす疾患で、5,000人に1人が罹患しているとされています。近年、国内・海外にて、様々な神経栄養因子などによる治療の研究や試み、遺伝子治療や再生医療の試みが始まりつつありますが、有効な予防・治療法は確立されていません。

 加齢黄斑変性は加齢による網膜色素上皮の機能低下に伴い網膜下に蓄積した、ユビキチン化蛋白質を中心とした老廃物"ドルーゼン"が原因となって、網膜下に新生血管が形成され、網膜内・網膜下に出血・浮腫をきたし、徐々に視細胞変性により中心視力を喪失する病気です。高齢化・生活の西洋化に伴い患者が急増しており、大きな社会問題となっています。現在では、前駆病変であるドルーゼンに対しては治療法がなく、続発してくる脈絡膜新生血管を退縮させる治療が中心です。また国内外で行われている加齢黄斑変性に対する治療法研究は、ドルーゼン蓄積後に続発する出血や浮腫に対するものが主です。しかし、脈絡膜新生血管を退出させても、視力改善は得られないため、前駆病変であるドルーゼン形成抑制・消退効果をもつ薬剤の開発が望まれます。

   

これまでの研究成果

VCP(valosin-containing protein) (Kakizuka A ,et al.J.Biol.Chem.,285:21736,2010)は、細胞が異常蛋白質の蓄積や酸化ストレスに遭遇した時にそれらに対してストレス高等応答を引き起こす過程で重要な働きをする蛋白質です。我々はVCPのATPaseに対する阻害剤の開発に成功し、リード化合物(元となる化合物)から展開した200種類の化合物(Kyoto University Substanced:KUS化合物)の一部に組織を超えて試験管内での細胞死を防御する作用があることを見出しました。(特願 2010-172467)

そしてKUS剤には、網膜のほぼ全ての細胞を細胞死から保護する作用をもつこと(特願2010-221873)が明らかになりました。また、KUS剤には、細胞内のATP減少を抑制する作用、小胞体ストレスを軽減する作用を持つことが明らかになっています
(Ikeda OH, et.al.Sci Rep, 4, 5970, 2014)


網膜色素変性や緑内障、加齢黄斑変性、虚血性眼疾患などの眼疾患では、小胞体ストレスの関与が示唆されています。現在、KUS剤のうち特に試験管内での細胞保護活性の強いKUS121やKUS187を眼疾患モデル動物に投与し疾患進行抑制効果を持つか検討しています。

網膜色素変性モデルであるrd10マウスにKUS121,KUS187を毎日全身投与すると、KUS投与マウスでは、網膜内での小胞体ストレスが軽減されており、網膜電図検査から視機能悪化も抑制されることが明らかになっています。(Ikeda OH, et.al.SciRep, 4, 5970, 2014)


緑内障モデルマウスにおいても網膜神経節細胞保護効果があること、加齢黄斑変性モデルマウスにおいてドルーゼンの消失効果があることが明らかになりつつあります。

 以上のように、KUS剤が眼難治疾患に対する新たな神経保護治療薬となる可能性がでてきました。

今後の展開

KUS剤は、今までにない全く新しい新規化合物ですので、ヒトに投与するにあたって、動物を用いた薬剤の安全性試験などにより、綿密に安全性・副作用や薬の効果を検討する必要があります。緑内障や網膜色素変性、加齢黄斑変性などは、慢性の病気であり、薬の効き目を判断するために、長期間の投与がが必要になります。まずは、現在、治療法がなく、かつ急性に視機能障害が進行する病気である、網膜中心動脈閉塞症の急性期に、硝子体注射(眼内へ薬剤を注射)にてKUS剤を投与することで、その安全性・効果判定を行う、臨床試験(医師主導治験)を平成28年秋ごろから行うことを予定しています。予定が決定いたしましたら本ページ上などで公表いたしますので、患者様のご紹介等、ご協力宜しくお願いいたします。


KUS剤とは

Kyoto University Substance の略。VCPというATPaseに属する蛋白質のATP加水分解活性を阻害する働きをもつ。京都大学生命科学研究科 垣塚彰教授の研究室で開発された、新規低分子化合物。

VCPとは
valosin-containing protein,(バロシン含有蛋白質)の略で、体中のあらゆる細胞の中に豊富に存在する蛋白質。細胞中のATPを加水分解するATPaseに属する。細胞内での異常蛋白質の分解・細胞周期・細胞死・細胞融合など、多岐にわたる働きを持つことが知られていますが、本KUS剤はこれらの機能を抑制すること無く、VCPのATPase活性を特異的に抑制します。近年、骨パジェット病と前側頭葉型痴呆を伴う遺伝性封入体筋炎(IBMPED)や一部の家族性筋委縮性側索硬化症(ALS)で、ATPase活性の上昇を伴う変異が、原因遺伝子として同定されています。また、神経変性疾患において、発症にかかわることが明らかになっています。

ATPaseとは
細胞内のエネルギー原の一つであるATP(アデノシン三リン酸)の、高エネルギーリン酸結合を加水分解する活性をもつ蛋白質の総称。食事で摂取したエネルギーは、ATPとしてこれらの蛋白質で利用されます。

網膜中心動脈閉塞症とは

網膜を栄養する唯一の血管である、網膜中心動脈が閉塞する病気です。網膜の動脈が詰まると、網膜細胞に酸素や栄養がいきわたらないため、急激に視力が低下します。日本では、年間500人程度が発症しているとされています。現状では、血管を再開通させるために、眼圧を下げる処置を行ったり、薬剤投与を行ったりしますが、視力を改善させる治療法は存在しません。

虚血性神経症とは
視神経を栄養する血管(短後網膜動脈)が閉塞する病気です。網膜で感知した光の情報が伝達されなくなるため、急激に、視力の低下や視野(見える範囲)の異常が出現します。日本では、毎年1000-5000人程度が発症しているとされていますが、その経過などに関しては詳しくわかっていません。網膜中心動脈閉塞症と同様に、薬剤投与などが試みられていますが、確立された視力改善法は存在しません。








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