歴史

歴史

京都大学精神医学教室は、京都帝国大学が明治30年、医科大学が明治32年に設置された数年後、明治36(1903)年に創設された、すでに百余年の歴史のある教室です。初代今村新吉教授は、4年余りの欧州留学から帰国して教授に就任し、日本の精神病理学の先駆者となりました。続く第2代三浦百重教授(在任昭和10-29年)、第3代村上仁教授(在任昭和30-48年)は、今村の学風を継承しながら、精神医学研究全般に力を注ぎ、両教授とも多くの精神医学の指導者を輩出しました。また、三浦は日本には類を見ない庭園に点在するパヴィリオン方式の精神科病棟を完成させ、村上は昭和39年には日本精神病理・精神療法学会を創設するとともに、神経心理学、児童精神医学、司法精神医学、神経化学、神経生理学、組織病理学などにも研究領域を広げ、各専門領域の指導者を輩出しました。その中から、神経心理学領域の大橋博司が第4代教授(在任昭和48-60年)となり、同領域を発展させ、今日にまで継承されています。

昭和40年代、日本の精神医療界は大きな変化の時期にあり、当教室でも若手医師らが中心になって、さまざまな社会的アピールを行いました。この運動のなかで、医局講座制に代わって発足したのが「精神科評議会」であり、精神病院の開放化や患者の社会復帰を推進しました。一方この時期、第5代教授となった木村敏(在任昭和61年−平成6年)は、ドイツ留学を基礎に、京都精神病理学を継承しながらも、精神医学の枠を超えて人間学一般や多様な専門分野に広がる学問を展開しました。木村は、日本精神病理学会理事長として全国規模で若手の精神医学者を指導し、また全国で初めて国立大学病院精神科にデイ・ケア診療部を設立しました。

平成2年には、京都大学が大学院大学に改組され、大学院医学専攻科の中に脳統御医科学系専攻脳病態生理学講座が設置されました。これに伴い当教室も平成6年には久々の大学院生を迎えることになりました。第6代三好功峰教授(在任平成7−11年)が就任したのはその翌年であり、短い期間ながらも多くの著書、教育、臨床、研究活動の活性化に尽力しました。2年半の教授不在の後、第7代林拓二教授(在任平成13−21年)が就任し、同門である満田久敏大阪医大教授の非定型精神病研究の流れを発展させました。半年の空席の後、平成21年10月に村井俊哉が第8代の教授に就任し、これら京大精神科の伝統を継承しながら、臨床に基づく学問研究の展開を目指したいと考えています。

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今村 新吉

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三浦 百重

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村上 仁

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大橋 博司

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木村 敏

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三好 功峰

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林 拓二

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