臨床病態検査学ならびに検査部・感染制御部の沿革

 京都大学医学部附属病院検査部は、昭和33年に発足しました。わが国の大学病院検査部としては、大阪大学、東京大学に次いで三番目に設立されました。臨床検査が内科などの診療科で個別に行われていたものが、中央化によって、より精度よく、より迅速に検査が行われるようになりました。わが国の臨床検査の中央化の創成期を支えていたわけですが、設立当初は講座の設置には至らず、中央診療部としての検査部でありました。初代検査部長の富田仁博士の時代には多くの若い臨床検査を志す医師が集い、富田門下といわれ、昭和の時代のこの分野の指導者を輩出しました。すでに設立から60年を数え、これまでに検査部に在籍した医師と検査技師は700名を超えています。

 昭和49年に臨床検査医学講座が設置され、初代教授に基礎の生化学出身の村地孝教授が着任されました。研究面では酵素学の臨床検査への応用を展開され多大な実績を残されました。臨床検査においては血液・生化学・免疫血清分野の自動化とコンピュータシステムの導入を押し進め、以降の臨床検査の発展に貢献されました。

 平成2年に第二代教授として内科内分泌とくに甲状腺がご専門の森徹教授が就任されました。在任期間は8年と短かったのですが、研究面ではご専門の内分泌学を展開され、臨床検査においてはわが国でもいち早く遺伝子検査を導入されました。

 平成10年に第三代教授として一山智先生が着任されました。検査医学講座教授としては三代目ですが、検査部長としては四代目にあたります。そして感染制御部の初代部長です。京大在任中の20年のあいだに、検査部の日当直問題をはじめとした様々な検査部の運営に関する諸課題に取り組まれました。また、高度先進医療を進めるにあたって必要不可欠な感染症の横断的診療体制を確立されました。感染症診療を全病院的に展開するこのような体制は、米国などではすでに出来上がっていましたが、わが国では最初のケースであり、検査部がその任を担うというモデルを作られました。在職中は、精力的に院内外の院内感染対策そして臨床検査の質の向上に尽力され、国公立大学感染対策協議会の会長を務められました。