背景
乳癌の約70%を占めるエストロゲン受容体(ER)陽性 HER2 陰性乳癌は、少なくとも術後5年間、標準療法として内分泌療法を行います。 しかし、術後長期にわたって再発リスクの報告があるなど、未だ予後に改善の余地がありました。
詳細
本研究グループは、経口フルオロピリミジンである S-1に転移性乳癌の疾患進行抑制が認められていることから、内分泌療法とS-1の併用による予後改善の検討を行ってきました。
検証は、国内139 施設における多施設共同ランダム化非盲検比較第III相試験で行われました。ステージI~IIIBの浸潤性乳癌(中等度~高度の再発リスク)患者さんを対象とし、5年間の標準的術後補助内分泌療法群と、1年間の内分泌療法とS-1併用群にランダムに振り分け、浸潤性病変のない生存(iDFS)を評価しました。
その結果、標準的術後補助内分泌療法にS-1を併用することにより浸潤性病変の発生リスクが37%低減されました。本結果は2020年12月30日に英国科学誌「The Lancet Oncology」にオンライン掲載されました。
参考:https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2021-01-25-0
なお、本試験は、京都大学がプロジェクト事務局、公益財団法人パブリックヘルスリサーチセンターが運営事務局となって実施された医師主導臨床試験注4であり、早期有効中止として終了した本結果をもとに、S-1を製造販売する大鵬薬品工業株式会社が適応拡大申請を実施しました。
そしてこの度、「ホルモン受容体陽性かつHER2陰性で再発高リスクの乳癌における術後薬物療法」の適応追加が承認されました。上記対象の原発乳癌患者においては有望な治療オプションが提供されるとともに、さらに長期の観察による生存率への寄与の評価が、今後の課題と考えられます。
研究者のコメント
所属・職位:京都大学 医学研究科 医学専攻外科学講座乳腺外科学・教授 氏名:戸井 雅和 S-1 は日本で開発された薬剤ですが、今回、適応拡大申請が承認されました。乳癌は日本で、また世界的にも女性における最も頻度の高いがんです。 原発乳癌患者の予後の改善、QOLの向上はグローバルな課題です。この度の適応拡大により、原発乳癌患者の再発予防に新たな手法、選択肢が増えたと言えます。 また、今回先進医療Bに加え特定臨床研究の成果を活用して承認に繋ぐことができたことから、先進医療制度による治療法開発は、既承認医薬品のinnovative re-positioningに道を開くと考えられます。
用語説明
注1 内分泌療法
女性ホルモンである「エストロゲン」の分泌を抑えたり、その働きを阻害したりすることで、がん細胞の増殖を防ぐ治療法。
注2 先進医療B
未承認等の医薬品もしくは医療機器の使用または医薬品もしくは医療機器の適応外使用を伴う医療技術。
注3 特定臨床研究
製薬企業等から研究資金等の提供を受け、医薬品等を用いる臨床研究や、未承認・適用外の医薬品等を用いる臨床研究。
注4 医師主導臨床試験
医療上の必要性に基づき、企業ではなく医師が自ら治験を企画・立案し、実施することができる制度。
<論文タイトルと著者>
タイトル:Adjuvant S-1 plus endocrine therapy for oestrogen receptor-positive, HER2-negative, primary breast cancer: a multicentre, open-label, randomised, controlled, phase 3 trial
著 者:Masakazu Toi, et. al.
掲 載 誌: Lancet Oncology Jan;22(1):74-84 2021 DOI:10.016/S1470-2045(20)30534-9.