2022年12月28日
概略
京都大学医学部附属病院は、2022年8月に、脳死ドナーからの肝小腸同時移植手術を実施しました。
患者:西日本在住、10歳未満 診断名:腸管不全関連肝障害 臓器提供者:脳死ドナー(10歳以上15歳未満)
図1:肝小腸同時移植の概要 レシピエント側病的肝を切除し、分割肝(左葉)グラフトを移植。その後病的腸管(小腸及び大腸)を切除し、グラフト小腸を移植。
患者さんは、西日本在住の10歳未満のお子さんです。出生後より腸管運動不全のため栄養吸収障害があり、 複数回の開腹手術及び腸瘻造設術を施行されました。しかしながら、小腸からの栄養吸収が悪いため、 点滴による静脈からの栄養を併用していました。次第に腸管からの栄養が十分に摂取できないことが原因で 肝機能障害が進行し、2022年7月からは肝不全症状のため人工肝補助療法注1を必要とする状態となりました。 その後小腸機能不全が原因となって肝不全を併発し、患者さんの肝臓及び小腸の働きが失われ、 2臓器を移植しなければ救命できない状態に陥ったため、肝臓及び小腸について脳死移植登録を行い、待機していました。 本邦においては、肝臓と小腸の2臓器を必要とする患者さんに対して両方の臓器が同時に配分される可能性は極めて少なく、 これまでに同じように2臓器を必要とする患者さんにおいて、同時に2臓器が同一の患者さんに提供されるといったことはありませんでした。 今回、10歳以上15歳未満の脳死ドナーから、肝臓と小腸の2臓器が同時に提供可能となったため、肝小腸同時移植を実施しました。 今回の脳死ドナーからの臓器配分については、2018年11月から運用が開始された小児優先制度注2も寄与したものと考えています。 2022年8月の肝小腸同時移植は、肝胆膵・移植外科/小児外科の波多野悦朗教授の指揮の下、岡島英明非常勤講師(金沢医科大学小児外科教授) および主治医の岡本竜弥助教(小児外科病院講師)、伊藤孝司講師、小川絵里助教らの執刀により行われ、 麻酔科、手術部など約20名のスタッフが協力して16時間39分で無事終了いたしました。 小腸移植は急性拒絶反応が多く、移植後に多量の免疫抑制剤を必要とします。そのため、急性拒絶反応を抑制できたとしても、 感染症により致命的となる可能性があります。移植後は小児科、消化器内科、病理診断科、薬剤部、集中治療室など とチームを組んで治療にあたり、肝臓、小腸ともに入院中一度も急性拒絶反応や感染症をきたすことなく、安定して経過しました。 経口摂取も順調にできるようになり、12月15日に元気に退院されました。
本移植手術の意義と発展性
図2:肝小腸移植後 腹腔内臓器の模式図
今回の同一脳死ドナーからの肝小腸同時移植は、本邦で初めてです。小腸移植は世界的に見ても成績が良いとはいえず、 成績向上のために様々な改良を重ねてきましたが、未だに肝移植成績などと比較すると十分とはいえません。 脳死ドナーからの臓器移植が多数を占める北米からの報告では、同一ドナーからの肝臓及び小腸の同時移植は、 小腸単独移植と比べて術後成績が良好であることが報告されています。 本邦の脳死臓器提供数は増加傾向にあるものの、脳死ドナー不足は顕著であり、2臓器を同一の患者さんへ 提供することは困難で、同一ドナーからの肝小腸同時移植を行うことが術後成績にどれだけ寄与するのか、 現在まで検証することができていませんでした。 今回、臓器を提供していただいたドナー様及びドナーご家族様の尊い善意のもと、肝小腸同時移植を 実施することができ、患者さんの術後経過は安定した良好なものとなりました。 今回の肝小腸同時移植の成功によって、臓器移植医療が、より信頼のおける治療選択肢となることを期待しています。
ご両親からのコメント
この度、京都大学医学部附属病院を無事に退院することができました。病院関係者の皆様をはじめ、 多くの方々に助けられたことに感謝いたします。 移植後は、肌の色も白くなり、大好きな食事もお腹いっぱい食べられるようになり、笑顔が増えました。 深い悲しみの中、優しいご意思と尊い決断で臓器提供をしてくださったドナーご家族様には感謝の思いでいっぱいです。 これから元気に成長していくことが恩返しになると思っています。家族一同、ドナー様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。 本当にありがとうございました。
用語説明
注1:人工肝補助療法
肝不全状態に陥ると、肝臓で作られるアルブミンや血液凝固因子などの重要なタンパク質が欠乏して 腹水や出血傾向をきたし、一方でアンモニアなどの毒性物質が体内に残留して振戦や意識障害などの 神経症状をきたすようになります。このため、血液ろ過透析装置を用いて、毒性物質が含まれた患者さんの 血漿を取り除き、新たに健康な人からの血漿に置き換え、同時に血液浄化を行う療法を、人工肝補助療法といいます。
注2:小児優先制度
厚生科学審議会疾病対策部会臓器移植委員会において、2018年11月より、肝臓の配分については提供者(ドナー) の年齢が18歳未満の場合には、選択時に 18 歳未満の移植希望者(レシピエント)を優先することが 「レシピエント選択基準」の中に定められています。
参考文献
Abu-Elmagd KM, Kosmach-Park B, Costa G, et al. Long-term survival, nutritional autonomy, and quality of life after intestinal and multivisceral transplantation. Ann Surg. 2012; 256: 494-508.