2023年4月24日
概略
京都大学医学部附属病院は、末梢神経損傷に対する新しい治療法としてバイオ3Dプリンタを用いた神経再生技術の開発に世界で初めて成功しました。この度、手指の末梢神経損傷患者さんに対する医師主導治験を実施したので、その結果を報告します。
1.背景
従来の末梢神経損傷に対する治療は、自己の健常な神経を犠牲にする自家神経移植が主流です。自家神経を犠牲にする治療を回避する目的で人工神経の開発が行われていますが、自家神経移植術を超える成績は得られていないため、一般には普及していないのが現状です。
京都大学医学部附属病院整形外科では、これまで末梢神経損傷に対して人工神経を用いた治療研究を実施してきました。しかし、人工神経には細胞成分が乏しく、サイトカインなどの再生軸索誘導に必要な環境因子が不足しているといった理由から、自家神経移植と比較して良好な結果を得ることができませんでした。本研究グループは、中山功一教授(佐賀大学)、株式会社サイフューズとの共同研究により、バイオ3Dプリンタを用いて細胞のみで作製した三次元神経導管をラットの坐骨神経損傷モデル(論文1)及びイヌの尺骨神経損傷モデル(論文2)に移植することで、人工神経より良好で自家神経移植に遜色ない結果を得ることができました。これは、線維芽細胞から作製した三次元神経導管から放出されるサイトカインや血管新生によって、良好な再生軸索の誘導が得られた結果(論文3)と考えられます。これらの基礎的な研究結果をまとめ(論文4)、医学部附属病院の医薬品等臨床研究審査委員会(治験審査委員会)の承認を得て、医薬品医療機器総合機構(PMDA)に治験計画届を提出し、「末梢神経損傷を対象とした三次元神経導管移植による安全性と有効性を検討する医師主導治験」を2020年11月より開始しました。
2.研究手法・成果
患者さんの腹部の皮膚の一部を提供頂き、皮膚組織由来の線維芽細胞を培養して、京都大学医学部附属病院C-RACT内の細胞調製施設(CCMT)に設置した株式会社サイフューズの開発した臨床用バイオ3Dプリンタを用いて治験製品製造を行いました。
3名の患者さんに三次元神経導管を移植し、移植後12ヶ月まで観察を行いました。3名の患者さん全てにおいて知覚神経の回復を認め、機能的にも良好な回復を認めております。またすべての患者さんで副作用や問題になる合併症の発生はなく、三次元神経導管移植の安全性及び有効性が確認できたものと思われます。
3.波及効果、今後の予定
研究結果の詳細は第96回日本整形外科学会学術集会(2023年5月11日~14日、パシフィコ横浜にて開催)において発表します。
今回の結果を医薬品医療機器総合機構に報告し、今後、株式会社サイフューズ主導のもと、再生医療等製品としての実用化に向けて、開発を進めてまいります。
4.研究プロジェクトについて
日本医療研究開発機構(AMED)橋渡し研究戦略的推進プログラム(21lm0203121h0002)において京都大学拠点の支援を頂き実施しました。
<研究者のコメント>
末梢神経損傷を受傷したことによって、思うように手が使えなくなって仕事に復帰できず苦しんでいる患者さんや、神経移植のために神経を採取されて痛みが残ってしまった患者さんが多数おられます。今回の結果から、三次元神経導管移植は将来的に末梢神経損傷の治療法の選択肢の1つになり、苦しんでおられる多くの患者さんが元どおりに社会復帰できるようになると思います。どうぞよろしくお願い申し上げます。
<論文タイトルと著者>
・論文1
タイトル:The efficacy of a scaffold-free Bio 3D conduit developed from human fibroblasts on peripheral nerve regeneration in a rat sciatic nerve model.
著 者:Yurie H, Ikeguchi R, Aoyama T, Kaizawa Y, Tajino J, Ito A, Ohta S, Oda H, Takeuchi H, Akieda S, Tsuji M, Nakayama K, Matsuda S.
掲 載 誌:PLoS One. 2017 Feb 13;12(2):e0171448. DOI: 10.1371/journal.pone.0171448.
・論文2
タイトル:The efficacy of a scaffold-free bio 3D conduit developed from autologous dermal fibroblasts on peripheral nerve regeneration in a canine ulnar nerve injury model: A preclinical proof-of-concept study.
著 者:Mitsuzawa S, Ikeguchi R, Aoyama T, Takeuchi H, Yurie H, Oda H, Ohta S, Ushimaru M, Ito T, Tanaka M, Kunitomi Y, Tsuji M, Akieda S, Nakayama K, Matsuda S.
掲 載 誌:Cell Transplant. 2019 Sep-Oct;28(9-10):1231-1241. DOI: 10.1177/0963689719855346.
・論文3
タイトル:Mechanism of peripheral nerve regeneration using a Bio 3D conduit derived from normal human dermal fibroblasts.
著 者:Yurie H, Ikeguchi R, Aoyama T, Ito A, Tanaka M, Noguchi T, Oda H, Takeuchi H, Mitsuzawa S, Ando M, Yoshimoto K, Akieda S, Nakayama K, Matsuda S.
掲 載 誌:J Reconstr Microsurg. 2020 Sep 21. DOI: 10.1055/s-0040-1716855.
・論文4
タイトル:Nerve regeneration using the Bio 3D nerve conduit fabricated with spheroids.
著 者:Ikeguchi R, Aoyama T, Tanaka M, Noguchi T, Ando M, Yoshimoto K, Sakamoto D,Iwai T, Miyazaki Y, Akieda S, Ikeya M, Nakayama K, Matsuda S.
掲 載 誌:J Artif Organs. 2022 Dec;25(4):289-297. doi: 10.1007/s10047-022-01358-9.
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<Bio3D conduit移植手術中の光景>![]() |
<関連プレスリリース>
株式会社サイフューズ(2023年4月24日プレスリリース):
https://www.cyfusebio.com/