2024年4月24日
概要
京都大学で発見された新規鎮痛薬エンドピンは、既存の鎮痛薬とは異なる作用機序で強力な鎮痛作用を示すことが動物実験で確認されています。エンドピンはアドレナリン受容体α2B拮抗薬であり、がん性疼痛など強い痛みにも効果がありますが、モルヒネなど⿇薬に⾒られる副作⽤や中毒性を⽰さないため、米国で深刻な社会問題となっているオピオイドクライシスの解決に大いに貢献すると期待されます。
それゆえ、京都大学大学院医学研究科創薬医学講座 萩原正敏 特任教授、京都大学医学部附属病院 呼吸器外科 毛受暁史 准教授、京都大学医学部附属病院 早期医療開発科 中島貴子 教授らの研究グループは、健康成⼈および術後疼痛患者に対するエンドピンの安全性と有効性を検討する医師主導治験を実施しています。 研究グループは、2022 年 12 ⽉ 2 ⽇に医薬品医療機器総合機構(PMDA)に治験計画届を提出し、まず健康成⼈に対する第 I 相パート(first-in-human 試験)を⾏いました。第 I 相パートでエンドピンの安全性が確認されたため、肺癌術後患者に対する第 II 相パートを開始します。
胸部手術は術後に激しい痛みを伴い、深い呼吸を⾏うことが難しくなったり、咳をして気道分泌物を喀出することが困難になったりするなど、連鎖的に合併症を引き起こすことがあります。胸部手術後の疼痛を適切にコントロールすることは、患者さんのQOLと術後合併症に影響し、予後改善の観点から重要です。そこで私たちは、新規の鎮痛薬であるエンドピンが、肺癌術後疼痛患者に対するよりよい効果をもたらすことを期待して医師主導治験を実施します。
図)エンドピンの作用機序: エンドピンは、疼痛抑制経路のアドレナリン受容体α2B に作用し、ネガティブフィードバックによるノルアドレナリン放出を誘発し、それが疼痛伝達経路を抑制して鎮痛作用を示す。
1.背景
本研究グループ(萩原)は、アドレナリン受容体α2Bの特異的拮抗物質エンドピンを発見し、この物質が交感神経シナプス前膜のα2Bを介してネガティブフィードバックによるノルアドレナリン放出を誘発し、それがα2Aを刺激して脊髄後⾓の侵害受容ニューロンを抑制して鎮痛作⽤を⽰すことを見出しました。エンドピンは鎮痛効果を⽰す⽤量において、モルヒネなど⿇薬に⾒られる呼吸抑制などの副作⽤や依存性を⽰さないことから、がん性疼痛など炎症性疼痛の強い痛みを抑える新薬として有望であることが分かりました。 そこでまず、開胸手術や胸腔鏡下肺切除術など激しい痛みを伴う胸部外科手術において、術後疼痛を抑えられるか試してみることになりました。 手術後に激しい痛みがある場合、深い呼吸を⾏うことが難しく残気量が減少しますし、咳をして気道分泌物を喀出することが困難になるなど連鎖的に合併症を引き起こすことがありますので、胸部手術後の疼痛を適切にコントロールすることは、患者さんの QOL と術後合併症に影響し、予後改善の観点から重要であります。 そこで私たちは、エンドピンが、肺癌に対して胸腔鏡下およびロボット支援下肺葉・区域切除術を受け、術後疼痛を認めた患者さんに対して鎮痛効果をもたらすことを期待して、医師主導治験を進めます。
2.医師主導治験の計画
本治験では、用量漸増プラセボ対照ランダム化比較試験として、まず健康成人男性を対象とした第 I 相パート(first-in-human 試験)において、エンドピンを単回投与した際の安全性(副作用の有無など)などについて検討します。次に、二重盲検プラセボ対照ランダム化比較試験として、肺癌に対して胸腔鏡下肺葉・区域切除術を受け、術後疼痛を認めた患者さんを対象とした第 II 相パートにおいて、エンドピンを単回投与した際の安全性(副作用の有無など)と、探索的に有効性についても調べます。
既に健康成人男性を対象とした第 I 相パート(first-in-human 試験)を終了し、効果安全性評価委員会で安全性に問題がないことが確認されましたので、この度、肺癌術後患者を対象とした第 II 相パートに移行しました。治験期間は、2024年4月より10月ごろまでの約7か月、予定症例数はエンドピン症例10例、プラセボ症例10例の計20例になります。
3.波及効果
本治験でエンドピンの肺がん術後疼痛に対する鎮痛効果が明らかになれば、術後疼痛全般への適応が考えられます。その次の段階として、術後疼痛だけでなく、がん性疼痛・リウマチなど炎症性疼痛の強い痛みを有する多くの患者さんに、麻薬のように副作用や中毒性がない、安全な鎮痛薬を提供できる可能性があります。欧米では麻薬の乱用による薬物依存症が蔓延しており、中毒による死者数の増加と合わせて社会問題化していますので、依存性がなく副作用の少ない鎮痛薬として、エンドピンが麻薬の代替となりうる可能性もあります。
4.研究プロジェクトについて
本治験は、国⽴研究開発法人⽇本医療研究開発機構(AMED)CiCLE 事業の研究費、及び株式会社BTB創薬研究センターからの治験薬提供を受けて実施されます。
治験実施体制
・主任研究者:京都大学大学院医学研究科 創薬医学講座 特任教授 萩原正敏
・副主任研究者:京都大学医学部附属病院 准教授 毛受暁史(呼吸器外科)
・治験責任医師:京都大学医学部附属病院 教授 中島貴子(早期医療開発科)
・治験実施施設:京都大学医学部附属病院
・治験薬等の提供者:株式会社BTB創薬研究センター
<研究者のコメント>
癌性疼痛の強い痛みに対しては麻薬性鎮痛薬が用いられることが多く、結果として多くの人々が麻薬の副作用によって亡くなっており、“オピオイド危機”と呼ばれる深刻な社会問題を米国等で惹起しています。エンドピンは京都大学における基礎研究から発見された全く新しい作用機序の疼痛抑制薬で、麻薬性鎮痛薬に比肩する薬効を有しますが、非臨床試験では中毒性や副作用を示していないため、オピオイド危機の救世主になり得ると期待できます。(萩原 正敏)
胸部手術の術後疼痛の鎮痛や、骨転移などの癌性疼痛の緩和に対して、強力な鎮痛効果を有する麻薬性鎮痛薬は、嘔気やふらつき、眠気、めまいといった中枢神経系への副作用が問題となります。エンドピンは、麻薬性鎮痛薬と同等の強力な鎮痛効果を有しながら、中枢神経系副作用の少ない可能性のある薬剤であり、臨床の現場で非常に役立つことが期待されます。(毛受 暁史)