2025年9月18日
京都大学医学部附属病院(以下「本院」という。)に、脳神経領域のエキスパートが集結し、既存の診断・治療・評価手法をさらに洗練させるとともに、新たな治療法の開発を推進する「脳神経治療創発センター (Center for Innovative Systems Neurotherapeutics:略称CiSNeuro(シスニューロ))」を本年10月1日付けで設置することになりました。
わたしたちの脳は、各領域がネットワークを形成し、有機的なシステムとして精巧に機能しています。システムとして正常に機能している脳の一部に障害が起こることで、神経回路が変調を起こし、様々な脳神経の病気が出現します。近年の目覚ましい医療技術の革新により、かつては困難とされた脳の特定の部位を正確に刺激して神経活動を活性化あるいは抑制することが可能となりました。それにより、変調した神経回路を修復する治療が可能になりつつあります。こうした治療には、限局した脳領域を標的とする精緻な脳外科手術、最先端・高精度の脳画像や脳波の検査、そして高度な解析技術が欠かせません。
CiSNeuro 概念図
このような技術の発展に対応するため、CiSNeuroでは本院の精神科神経科、脳神経内科、脳神経外科といった中枢神経医療のエキスパートが結集し、これまで以上にシームレスに連携できる診療・研究体制を整えることになりました。CiSNeuroには京都大学大学院医学研究科脳機能総合研究センターも参画し、世界最高水準の超高磁場(7テスラ)MRI装置や脳磁図(MEG)を活用して脳の構造や機能を精密に評価します。全世界的にも類い希な集学的なセンター機能を活かし、最先端の治療を迅速かつ安全に患者さんへ届けることを目指します。脳機能をより正確・精緻に評価する医療機器の開発、新たな治療法の適応評価や、それに伴う倫理的課題にも真摯に取り組みます。
【このような治療を行います】
CiSNeuroでは、保険収載の治療、治験、臨床研究と、研究開発から臨床まで幅広く、治療創発を目指して参ります。
深部脳刺激療法(DBS, deep brain stimulation 保険収載治療):外科的に脳へ微小電極を挿入し、標的となる脳構造を破壊することなしに、変調している神経回路の活動を調整します。心臓のペースメーカーと似ていることから、脳の働きを調整する「脳のペースメーカー」とも言われます。パーキンソン病や難治性焦点てんかんに対してはすでに臨床応用されている信頼性の高い技術です。今後、治験として難治性全般てんかんへの臨床応用も計画しています。
iPS細胞移植(治験):患者さんの脳の中で細胞の機能が低下したところに、iPS細胞から作製した健康な脳細胞を移植する、京都大学iPS細胞研究所と本院が世界に先駆けて報告した革新的治療です。パーキンソン病だけでなく、脳梗塞の患者さんを対象にした治験も予定しています。
迷走神経刺激療法(VNS, vagus nerve stimulation 保険収載治療):薬物療法で十分に発作が抑制されない難治性てんかんを対象とし、胸部に小型の刺激装置を埋め込み、左の頚部にある迷走神経(副交感神経)という神経を介して脳の過剰な興奮を抑える治療です。てんかん発作の頻度を減らす効果が期待されます。
発作感応型脳刺激療法(RNS, responsive neurostimulation国内未承認):難治性焦点てんかんを対象とし、脳内の微小電極を使っててんかん発作時の脳波の変化をいち早く検知し、自律的に電気刺激をおこなうことで発作の制止を試みます。またてんかん発作そのものの頻度を減らす効果もあります。現在日本では未承認ですが、今後、日本での導入に際して企業治験等が開始される際には、本院もいち早く参加する予定です。
けいれん療法(ECT, electroconvulsive therapy保険収載治療/MST, magnetic seizure therapy治験):全身麻酔をした状態で脳内に0.5秒程度電気刺激を行い、30秒程度の発作活動を引き起こす治療です。重症あるいは難治のうつ病を持つ患者さんの症状を大幅に改善する効果があります。従来のECTでは電流を用いた刺激を行いますが、磁気を用いた刺激を行うMSTの医師主導治験も予定されています。
非侵襲的脳刺激(NBS、non-invasive brain stimulation 臨床研究):微小な電気や磁気で刺激して、脳を傷つけることなく特定の神経回路を調整する治療法です。経頭蓋的な直流電気刺激、交流電気刺激や静磁場刺激といった手法があり、痛んだ脳機能を改善させたり、変調した回路を修復したりする効果を持ちます。摂食症(神経性やせ症)の症状改善や、手術後のせん妄予防、焦点てんかんや認知症の治療を目的とした臨床研究が予定されています。
定位的頭蓋内脳波(SEEG, stereo-EEG 保険収載治療):難治性焦点てんかんを対象とし、脳に細い脳波電極(深部電極)を複数挿入することで、てんかん発作がどこから始まり、どのように広がるのかを詳しく調べます。綿密な計画を行い、脳神経外科医が精密かつ高度な技術で電極を留置する、てんかん外科治療のために重要な最先端の評価法です。このSEEGで得られた情報を基に、てんかん焦点切除術や離断術などの根治的脳外科手術を行い、発作の抑制・改善を目指します。
脳室腹腔シャント術(VPS, ventriculo-peritoneal shunt)・腰椎腹腔シャント術(LPS, lumbo-peritoneal shunt 保険収載治療):特発性正常圧水頭症(iNPH)の患者さんを対象とした治療です。VPSは、脳室に細いカテーテルを留置し、過剰な脳脊髄液を腹腔へ排出する方法です。一方、LPSは、腰椎のくも膜下腔にカテーテルを留置して腹腔へ導く方法です。iNPHでは脳脊髄液の循環障害により脳室が拡大し、歩行障害、認知機能低下、尿失禁などの症状を呈しますが、シャント術を適切に行うことで症状の改善、患者さんの生活の質(QOL)の向上が期待できます。