2026年1月8日
1.概要
京都大学医学部附属病院 腫瘍内科 野村 基雄 特定講師、武藤 学 教授らの研究グループは、国内の4つの医療機関(国立がん研究センター中央病院、国立がん研究センター東病院、千葉県がんセンター、北里大学医学部)とともに、2019年1月から、切除可能および切除不能な食道扁平上皮がん患者を対象に、根治的化学放射線療法に免疫チェックポイント阻害薬であるニボルマブを併用する治療法の安全性と有効性を調べる医師主導治験(NOBEL試験)を実施しました。
食道がん(扁平上皮がん)に対し、手術をしない治療法として、抗がん剤と放射線治療を組み合わせる治療(化学放射線療法)があります。今回の研究では、この標準的な治療に、さらに免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブ)を上乗せしました。その結果、懸念されていた副作用(重篤な肺臓炎など)の頻度は増えず、治療が安全に行えることが確認されました。さらに、食道がんが画像検査で完全に消失する割合(完全奏効割合)は、73%と非常に高く、1年後の生存割合も92.7%と良好な成績でした。
また、治療前の検査でがん細胞の遺伝子の発現を詳しく調べたところ、
「免疫の働きが活発ながん」ほど、この治療が良く効くという傾向が見つかりました。これは、将来的に「どの患者さんにこの治療を行えばよいか」を事前に予測する重要な手掛かりになります。
本研究成果は、令和7年12月27日に国際学術雑誌eClinicalMedicineにオンライン掲載されました。
2.背景
食道がんは、男性に多いがんです。治療には手術が一般的ですが、体力的な理由や食道の温存を希望される場合、手術を選ばずに「抗がん剤と放射線療法の併用(化学放射線療法)」で治すことを選ぶ患者さんもいらっしゃいます。しかし、この方法だけでは、がんが再発してしまうことが少なくないのが課題でした。
近年、免疫チェックポイント阻害薬が登場し、様々ながん治療に使われ始めています。しかし、食道がんの化学放射線療法と免疫チェックポイント阻害薬を同時に使った場合、副作用が強く出すぎてしまわないか、本当に治療効果が上がるのか、治療効果が上がる場合どのような方に効果が高いのかについては、これまで十分なデータがありませんでした。
3.臨床研究の概要
- 1. 試験名:「食道がん患者を対象とした根治的化学放射線療法とニボルマブ併用による探索的多施設共同非盲検医師主導治験(NOBEL trial)」
- 2. 目的:根治的化学放射線療法が実施可能と判断される食道がん患者を対象に、化学放射線療法(シスプラチン+フルオロウラシル+放射線療法)とニボルマブを併用した治療の安全性を検討する。また、副次的に有効性、探索的にバイオマーカーを検討する。
- 3. 試験デザイン:多施設共同非盲検非対照試験単群試験
- 4. 対象疾患:食道がん
- 5. 対象被験者:根治的化学放射線療法が実施可能と判断される食道がん症例
- 6. 対象被験者数:42例
- 7. 主要評価項目:安全性
4.研究の内容と結果
私たちは、京都大学を中心とした計5つの病院で協力し、42名の食道がん患者さんに参加いただいて、新しい併用療法の医師主導治験(NOBEL試験)を行いました。
- ・安全性の確認:化学放射線療法と免疫チェックポイント阻害薬を併用すると、肺の炎症が起きやすくなることが懸念されていました。しかし、今回の治療で重篤な肺臓炎になった方は、全体の5%(2名)にとどまり、この治療法が安全に実施できることがわかりました。
- ・治療効果の確認:治療の結果、全体で73%の患者さんで、画像検査上がんが見えなくなる「完全奏効」という状態が得られました。特に、手術で切除可能な病期の患者さんでは84%(25人中21人)に完全奏効が得られました。また、治療開始から1年後に生存している患者さんの割合(1年生存割合)は92.7%でした。これは、従来の「抗がん剤と放射線療法の併用(化学放射線療法)」だけの治療成績よりも良い結果です。
- ・効果を予測する「目印」(バイオマーカー)の発見:さらに、患者さんのがん組織を使って51種類の免疫に関連する遺伝子の発現を調べました。その結果、食道がんは、「免疫が活発なタイプ(Immune high-active)」と「免疫の活性が普通のタイプ(Immune moderate-active)」に分けられることが分かりました。そして、「免疫が活発なタイプ」の患者さんの方が、この新しい治療法でより良い効果が出る可能性が高いことが明らかになりました。
5.今後の展望
今回の研究で、「抗がん剤と放射線療法の併用(化学放射線療法)」に「免疫チェックポイント阻害薬」を同時に加える治療法は、安全であり、かつ再発を減らして生存率を高める期待が持てることが世界で初めて示されました。特に腫瘍組織における遺伝子の発現を調べることで「この治療が効きやすい人」を見分けられる可能性が示唆された点は、患者さん一人一人の体質に合わせた最適な医療(精密医療)を実現するための大きな一歩です。
6.研究実施体制
- 〇研究者代表者:
京都大学医学部附属病院 腫瘍内科 武藤 学 教授
- 〇研究事務局:
京都大学医学部附属病院 腫瘍内科 野村 基雄 特定講師
京都大学医学部附属病院 がんセンター がん医療開発部 清水 充子 特定職員(薬剤師)
- 〇調整事務局:
エイツーヘルスケア株式会社 扇 麻美
- 〇分担研究機関:
北里大学病院、千葉県がんセンター、国立がん研究センター中央病院、国立がん研究センター東病院、
- 〇本医師主導治験は小野薬品工業株式会社と京都大学との共同研究のもと、同社より治験薬(ニボルマブ)の提供および資金提供を受けて実施しました。
(用語説明)
- ・食道扁平上皮(へんぺいじょうひ)がん:日本人の食道がんの約9割を占めるタイプのがんです。
- ・根治的化学放射線療法:抗がん剤(化学療法)と放射線照射(放射線療法)を組み合わせてがんを治す治療法です。
- ・免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブ):免疫細胞のブレーキを解除し、免疫細胞ががん細胞へ攻撃できるようにする薬です。(商品名:オプジーボ)
- ・完全奏効割合(かんぜんそうこうわりあい):治療の効果により、CT検査などの画像検査でがんが完全に見えなくなった状態を「完全奏効」と呼びます。治療を受けた患者さん全体のうち、この状態になれた人の割合のことです。
- ・1年生存割合(いちねんせいぞんわりあい):治療を開始してから1年が経過した時点で、生存されている患者さんの割合のことです。がん治療の有効性を示す指標の一つです。
- ・肺臓炎(はいぞうえん):薬剤や放射線の影響によって、肺そのものに炎症が起きる副作用のことです。細菌やウイルスが原因の一般的な「肺炎」とは異なり、治療の反応として起こります。咳や息切れ、発熱などの症状が出ることがあります。ときには、命に関わる重篤な炎症になることもあります。
- ・バイオマーカー:血液や組織に含まれるタンパク質や遺伝子などの物質で、病気の状態や治療の効きやすさを知るための「目印」のことです。
- ・遺伝子の発現:遺伝子の情報からタンパク質が作られることを「遺伝子発現」といいます。作られたタンパク質は様々な機能を担い、細胞のはたらきや生命活動に影響します。
- ・標準治療:大規模臨床試験やガイドラインに基づき、現時点で科学的に最も有効性と安全性が確立されている治療法で、専門家が推奨する治療法です。「最良のエビデンスに基づく治療」を意味します。
(本件問合せ先)
氏名:野村 基雄
所属・職位:腫瘍内科・特定講師
TEL:075-751-3518